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散文

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2020年12月の記事一覧

天使の音、トライアングル

天使の音、トライアングル

ある朝 空から音がした

トライアングルを鳴らしたような
高く清らかな銀色の音

なにかに呼ばれた気がして
クリアな冬の青空をみあげた

空がわたしを呼んでいる
風がわたしを呼んでいる

それは約束された朝だった
こんなところにあったんだね
探していた白い扉は

噴水のまわりに吹くような
澄んだ空気が通り過ぎていく

なにかを忘れていると思ってた
とても大切なことなのに思い出せない
いろいろなこと

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最後までよろしく

最後までよろしく

今年の八月頃、韓国映画「ビューティー・インサイド」を観た。毎日目が覚めるたびに性別も年齢も人種も全く違う身体に変わってしまう主人公のウジンと、彼が愛した女性イスのラブストーリー。ウジン役は123人の役者が演じたらしいけど、どんな姿であってもウジンの目の奥に浮かぶ表情はどことなく似ていた気がする。もう幸せはとっくの昔に諦めたというような寂しげな瞳が印象に残る作品だった。

この映画を観ている間、銀色

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霧雨

霧雨

霧雨の降りかかる静かな森の中で
物言わぬ大きな木にもたれかかるように
肩を寄せあって目を閉じていた八月の夜

胸元から古い木の香りがした
ホワイトムスクのような
濡れた樹木のような 重く深い香り

夜の湿気で肌が濡れるよう

帰れば とわたしが呟くと
帰れないよとあなたは言った

こんなにちがう生き方をしてきたのに
わかり合おうとする人、人、人

あの夜 わたしの夏は死んだ
あなたの可愛いまつげが

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Time to Move On

Time to Move On

過ぎた日々に涙を落とさないで
きみはもうそこにはいないから

眠るきみの頬にささやくよ
目を開けてごらん もうすぐ夜明けだと

窓の向こう 地平線から
きみを眠らせた青い闇が
波のように引いていくよと

長い眠りだったさ
果てしない時のなか
小鳥の巣のようなこの部屋で
ぼくらなにも知らずにいたけど

ぼくはそれを悲しまない
涙はでるけど
悲しんでいるわけじゃない

この涙がどこから来るのかわかった

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迷い子のマコ

迷い子のマコ

深夜0時半
車で山道を登っていく

深い闇の向こう
銀色の雪が吹き荒び
フロントガラスから見える景色をにじませる

闇の奥へ向かって
引き伸ばされていくガードレール

それは白いドレスを着た幽霊のように
ずっととなりに張りついて
どこまでもどこまでもついてくる

くたびれた車は
けたたましく音をたてながら
身体を引きずるようにして走り続けた

標高五六〇メートルの広場
エンジンを切る
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やっと休日、人生の午後

やっと休日、人生の午後

なんだか一週間むだに疲れてしまったような気がするけど、今はヨガマットの上に寝転んで太陽の光を浴びながらAir Supplyを聴いている。今日は何もしない日にするんだ。やっと休日。やりたくないことは念入りに無視する。

窓に貼ったかけら柄のシールが反射して、手のひらに虹色の光を落としているのをぼんやりと見守る。天気予報は曇りでも時々こうして雲の隙間から射し込んだ太陽の光がわたしの手元まで届く。暖房と

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彼女は夢の本編

夢の中のあの人はいつも怒っている。

それは私があの人の夢を見ることに負い目を感じているからなのか、あの人を好きでいることに罪悪感を抱いているからなのか、それとも本当に怒っているからなのか、よくわからないけれど、とにかく夢の中のあの人はいつも怒っていて、私は目が覚めるたびに誰もいないさびれた浜辺に打ち上げられたような気分になる。不思議な時空の空白に放り出される。

夢の中で私はあの人とゆるやかな長

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その部屋には天使がいて

凍えた黒い瞳を見開いて
あなたは細い椅子に座っていた

痩せた青白い頬に
悲しく光がさす

壁に塗られた深い緑色の闇
冷たく閉ざされた窓

あなたの膝には白い天使がもたれていた

薔薇色の頬をあなたの膝にのせて
顔を曇らせながら
天使はなにも言わずに寄り添っていた

あんなに無邪気な天使が
はしゃぐことも遊ぶことも忘れ
笑顔も捨ててあなたと共にいる

あなたと同じ痛みを感じるために

その部屋には

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神様の腕時計

神様の腕時計

あなたを愛したあとで
わたしはどこを旅していけばいい?

むかし読んだ本に書いてあった
始まる前に神はすべての経験をやり終えたと

それはつまり
神様は永遠が始まる前に
永遠のすべてを体験したということ

それなのに
なぜ神様は時計を見るのだろう

時間を止めてください

わたしやあの人にとって永遠とは
人間にとって永遠とは
時間が無限にあることとはちがうんです

時間を止めてください

抱き合っ

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冬の朝、ホワイトチョコレート

冬の朝、ホワイトチョコレート

冬の朝は
水のにおいがする

海みたいなシアンブルーの空
光る雲にはグレイッシュブルーの翳り

冷たく新しい空気が
わたしに息をするようにと
風で語りかけてくる

熱いコーヒーと
ホワイトチョコレートをひとかけら

息ができる
こんなにも深く

こういう気持ちを忘れてた

こういう気持ちが大事なんだということを
いの間にか忘れてた

わたしはその朝
長いあいだ閉め忘れていた扉を
そっと手のひらで押

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月明かりで星が見えない

月明かりで星が見えない

雑草の茂った空き地に
ひとつだけ残された椅子を
月明かりが照らしていた

痛みを和らげてくれるような
やわらかな白い光は

人々を惑わし
暗示にかけるような
冷たく静かな光は

あなたのよう
あなたのよう

広い夜空を見上げた先に
大きな月があったとき
目が合ってしまった
そんな気がして怖くなる

そこに美しい女がいるような
あなたがいるような
そんな気がして怖くなる

その光で傷を癒し 隠してく

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