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  • 平成元年のバックパッカー

記事一覧

アムステルダムの一夜 1989年11月(その3)

階段を昇り、家の中に案内された時、更に僕を当惑させることが起きた。 「やあ」 そこには、別の男がもう1人いたのだ。 20代か30代で、顎髭をたっぷりと蓄えた男、…

Billy Doe
3年前
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アムステルダムの一夜 1989年11月(その2)

彼の自宅はすぐに見つけることができなかった。 午後7時を過ぎ、日が少しずつ西の空に沈みかけている。 アムステルダムの運河も、観光客に見せていた華やかな雰囲気は脱…

Billy Doe
3年前

アムステルダムの一夜 1989年11月(その1)

1989年11月2日。正午前。 その時僕は、アムステルダム駅の前で小さなカメラを抱えて歩いていた。 前の晩、ロンドンからの夜行バスで初めてヨーロッパ大陸に足を踏み入れ…

Billy Doe
3年前
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秘話 ロングアンドワインディングロード

「もうやめだ! もうやめてやる! 脱退してやるぜ!」 帰宅するなり、荒れまくる夫、ポールマッカートニーに、新妻リンダは不安げな表情で声をかけた。 「どうしたの、…

Billy Doe
3年前
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嬉しくない昼寝時間

僕が通った保育園は、大きなお寺の中にあった。 昭和40年代が終わろうとしている頃だ。 2年間通ったのだが、年中クラスのとき、毎日お昼寝の時間があった。 給食が終わ…

Billy Doe
3年前
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おばあちゃんの手

子供の頃、僕は喘息持ちだった。 3ヶ月に1回くらい、朝起きると突然胸に痰がつまり、呼吸が苦しくなるという発作に見舞われた。 「またひゅうひゅうか」 母はいつもそん…

Billy Doe
3年前
4

酔った名古屋人

ほら、あそこの奥のテーブルで一人でビール飲んでるおっさんいるじゃない。 そう、さっきから生ビールばっか飲んでるあの会社員風のおっさん。 あれさ、さっきから一人で…

Billy Doe
3年前
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消えたカエルたち

僕が小学校3年生くらいだったと思うので、あれは昭和51年頃のことだろうか。 ある日曜日、近所の戸田川に家族4人で魚釣りに行った。釣りと言っても、粗末な竹竿でフナを…

Billy Doe
3年前
4

アムステルダムの一夜 1989年11月(その3)

階段を昇り、家の中に案内された時、更に僕を当惑させることが起きた。

「やあ」

そこには、別の男がもう1人いたのだ。

20代か30代で、顎髭をたっぷりと蓄えた男、どうやらアルジェリア人と言うことだった。

「彼は私の友人でね。今夜は3人で楽しく過ごそうじゃないか」

家のオーナーである彼は、困惑して立ったままの僕に、優しい口調でそう言った。

誰かいるなんて聞いていなかった。

別にそれはそれ

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アムステルダムの一夜 1989年11月(その2)

彼の自宅はすぐに見つけることができなかった。

午後7時を過ぎ、日が少しずつ西の空に沈みかけている。

アムステルダムの運河も、観光客に見せていた華やかな雰囲気は脱ぎ去り、普段着の姿に戻ろうとしているようだ。

その運河沿いの細い道を行ったりきたりしながら、僕は彼の家を探した。

「多分この辺りなんだけど」

地球の歩き方の地図だけでは流石に心細く、僕は昼間、街のツーリストインフォメーションで別の

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アムステルダムの一夜 1989年11月(その1)

1989年11月2日。正午前。

その時僕は、アムステルダム駅の前で小さなカメラを抱えて歩いていた。

前の晩、ロンドンからの夜行バスで初めてヨーロッパ大陸に足を踏み入れた僕は、もうすぐ22歳になろうとしていた。

まだ猿岩石もいない時代だ。

深夜特急も読んだことはなかった。

だがバックパッカーという言葉は存在していたと思う。

大学を1年間休学し、その年僕はある国で半年働き、お金をため、残り

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秘話 ロングアンドワインディングロード

「もうやめだ! もうやめてやる! 脱退してやるぜ!」

帰宅するなり、荒れまくる夫、ポールマッカートニーに、新妻リンダは不安げな表情で声をかけた。

「どうしたの、ポール? またジョンと一悶着あったのね」

「まあそういうことさ。リンダ、いいからこれを聴けよ」

ポールが差し出したのは、一つのカセットテープだった。

「まあ、またビートルズで新曲作り始めたの?」

「違うよ。なかなか世間に出せない

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嬉しくない昼寝時間

僕が通った保育園は、大きなお寺の中にあった。

昭和40年代が終わろうとしている頃だ。

2年間通ったのだが、年中クラスのとき、毎日お昼寝の時間があった。

給食が終わった午後、1時間程度、みんな揃って眠るのだ。

この時間が、5歳の僕にはとにかく苦痛だった。

昼間にいきなり寝ろと言われても、そんなすぐに眠れるわけないだろう。当時の僕はそう思っていた。

しかも教室で椅子に座ったまま、机に突っ伏

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おばあちゃんの手

子供の頃、僕は喘息持ちだった。

3ヶ月に1回くらい、朝起きると突然胸に痰がつまり、呼吸が苦しくなるという発作に見舞われた。

「またひゅうひゅうか」

母はいつもそんな表現を使って、またそれがやってきたことを僕に教えた。

横になっているのも苦しい。ズボンのポケットに両手親指を突っ込み、猫背になり、胸をひゅうひゅう言わせて苦しむ。

それが僕の喘息ポーズだった。

発作が起きると、歩いて20分く

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酔った名古屋人

ほら、あそこの奥のテーブルで一人でビール飲んでるおっさんいるじゃない。

そう、さっきから生ビールばっか飲んでるあの会社員風のおっさん。

あれさ、さっきから一人でうるさいんだけど、どうやら名古屋人らしいよ。

いや、おれさ、分かるのよ、名古屋出身のやつ。

味が薄いとか、コーミソースくれとか文句ばっか言ってるじゃない。

そのうちさ、もっとすごいこと言い出すよ。

ほら始まった。今度はおでんに味

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消えたカエルたち

僕が小学校3年生くらいだったと思うので、あれは昭和51年頃のことだろうか。

ある日曜日、近所の戸田川に家族4人で魚釣りに行った。釣りと言っても、粗末な竹竿でフナを数匹釣るくらいである。

川に行くまでは草が生茂る沼地が広がり、そこでは青大将が這っているのをみた。

「蛇なんか、わたし、いかん!」

当時35歳くらいの母親は、父、兄、僕の後から恐々と歩いてきた。

いかん!というのは、名古屋弁で「

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