酔った名古屋人

ほら、あそこの奥のテーブルで一人でビール飲んでるおっさんいるじゃない。

そう、さっきから生ビールばっか飲んでるあの会社員風のおっさん。

あれさ、さっきから一人でうるさいんだけど、どうやら名古屋人らしいよ。

いや、おれさ、分かるのよ、名古屋出身のやつ。

味が薄いとか、コーミソースくれとか文句ばっか言ってるじゃない。

そのうちさ、もっとすごいこと言い出すよ。

ほら始まった。今度はおでんに味噌出せなんておばちゃんに絡んでる。

ここはねえ、東京の中野だよ。サンモール横の路地奥にある居酒屋だ。

そりゃね、上品な店とは言えないけどさ。しかし、おでんにお前ね、味噌出せ、って。

赤だ、赤! 赤味噌出せ! なんて言ってるよ。

ほら、おばさん笑っちゃってるよ。

やだね、何言ってるんだろ、おっさん。イチビキだの、つけて味噌かけて味噌だの、訳わからないこと言ってるよ、あの人。

えっ、今度はなんだ? スガキヤラーメン持ってこいだって?

おいおい、だからここは居酒屋なんだよ。そんな聞いたことないラーメン屋の名前出されてもねえ。

えっ、甘党の店? 肉入りがいい?

何、ラーメンフォークで食いたい?

ダイエーの一番上にある?

もう、何言ってるんだろう、あの人。

完全に酔ってるね。やだね、今度は歌なんか歌い出したよ。

白黒抹茶! 小豆コーヒーゆずさくら!

なんだい、その訳のわからない歌は。

あらいやだ、テーブルに小皿を7つ並べてる。

箸で皿を叩き出したよ。

七つの味を残らずぽい!

ぽぽぽのぽい、ぽい、ぽい!

あーおーやーぎうーいろー、食べちゃったーあ、あっ!

おいおい、ういろう食べてたのかよ、あのおっさん。

やだね、ますます名古屋人じゃないか。

うわあ、酔っ払ってるわ。

どえらいうめえ! もっと持ってこいて!

だって。

恥ずかしい、それは方言だからこんな東京のど真ん中で使うのはやめなさいっつうの。

なにいっとんのお? 酔ってえせんてえ。俺、ぜんぜん酔っとらんて!

ああ駄目だ。完全に名古屋弁だ。

今池辺りで飲んでるなんて勘違いしてるんだろうなあ、きっと。

ああついに、ついに机に登って、ほら、ネクタイ鉢巻にして立ち上がった。

出るよ、出るよ、もうすぐ。あのおっさんが何歌い出すか、俺もう予想ついちゃうよ。

うわあ、丁寧にイントロからやっちゃってる。

とーおーい夜空にこだまするう

竜の叫びを耳にしてえ

中日球場詰めかけたあ

うわあ、古っ! ナゴヤドームじゃなくて中日球場って歌詞のバージョン歌ってる。

これ、昭和49年の優勝のとき、坂東英二が歌ってた、最初の燃えよドラゴンズだよ。

これはね、熱狂的なファンが地元のラジオ曲に送ったオリジナル曲でね。

えっ、何、お客さん、よく知ってるじゃないですかって?

いや、なに、そりゃね、あなた、私は少年ドラゴンズ会員で・・・、うわあ、丁寧に歌詞全部歌ってるよ、あのおっさん。

よおばんマーチンホームラン!

いいぞ! がんばれ! ドラゴンズ!

ああ、駄目だ・・・、あのおっさん、こっちをじっと見ながら歌ってる。

ヤバイ、手招きなんかしてる。

畜生、今度は投手の歌詞まで・・・。

ああ、もう・・・、もう我慢できない!

おっさん、俺にも歌わせろて!

ほおしのせんいち、強気のとーきゅう!

・・・・

その日、中野の居酒屋「加賀屋」では、会社員風の男性2名がテーブルの上に立ち、肩を組んで、深夜まで歌い続ける光景が繰り広げられた。

明らかに泥酔した二人は、その店で偶然出会ったようだった。

他の客が皆帰っても、二人はそこで歌い続けた。

それは、燃えよドラゴンズに始まり、アラジン、あみん、雅夢、八神純子など、ちょっと風変わりな歌謡曲に移ったと思ったら、金太の大冒険と言う誰も知らない歌に突入し、最後はチェリッシュのてんとう虫のサンバを口ずさみ二人で号泣して幕を閉じた。

今夜もシャララな一夜だった。



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