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軽すぎる好きはかなた《1》紙飛行機


 ブレザーは別として、どうにも丸襟のブラウスとボウタイが似合わず、スカートではなくジャージを穿いていた。軽く整える筈が勢い余って切り過ぎた前髪は眉の上で額に張り付き、「個性的だね」と数秒、迷って気まずそうに目を逸らさないでくれ、ならばいっそのこと笑え、そして一刻も早く伸びろ。
 制服を脱いだとて、年の離れた姉と母による「若いって」から始まるタイムスリップ、はたまた「今のうち」などの貴重な経験談を聞き流す。たとえ父が居てもテレビに夢中だ、打つ相槌のミス、酔っ払えばぐうぐうといびきをかく、自分で「家族団欒が理想」とか言っておきながら。

 私が何か誇れるとすれば毎日、部屋でダンスを続けていること、だろうか(ひっそり菓子を食べた後にやってくる罪悪感を拭う)。
 踊り切ると、入念にストレッチを行うが、【クールダウンさせたい】あれが脳内を駆け巡った末に、どんと居座る。どす黒い冬の底から青い春に掬い上げられた、ような。


 久々に友人のメグが学校を休んだので、昼は机に伏せて過ごす(他の誰かがいない、訳ではないけれども、わざとらしく仲間に入れてもらおうとは思わなかった)。

「最初は姿勢が良くて、自然と見ちゃう子で。それが、あんな風に。ずるいでしょ、揶揄われたら耳まで真っ赤。うわあ、もうダメ、好き」
「その割にお前は話し掛けもしない、ただSNS監視してて怖い」

 近くの男女グループが何やらぎゃあぎゃあと喧しいなか、声を潜めてもレオシノブだと分かる。私も異性として意識すると一気に喋れなくなってしまい、想いを寄せたクラスメイトには【対象外宣言】されていた。
 そこで普段は澄まし顔のレオに親近感が湧き、耳をそばだてる。

「しかも、体調悪い夜の夢でさ。なんかサイケデリックな空間に閉じ込められた時、四隅のヒーターは段々と迫って、で、ゴミやカプセルがどさどさ降ってきた、兎に角、割れそうに頭が痛い。『助けて』って叫んだら颯爽と登場。化け物の大群を蹴散らしてバンジージャンプ。あの、手繋いじゃった、幸せに切り替わるよね。できれば付き合いたい。でも、僕とは」
「はぁ、長編の妄想かよ。チャンスでしょ、寂しいうちに行っとけ、ナナーー」
「や、違う。起きてたら終わるやつ。バカ、今のはナシ!」

 必死に遮って喚き、墓穴を掘った。チャイムがオチをつけて、吹き出さないよう堪えるも、ふにゃふにゃと力が緩む。なんだ、私(ナナセ)か。


 初めて優位に立つ、道理でよく視線を感じたり、こちらも注意が向いた。これはあくまでも十四歳の考えだが、追い掛けるより好かれる方がずっと楽であり、もしかすると、この恋は上手くいくかも知れない。
 しかし面映く、寝たふりをやめられなかった。
 公開アカウントの後悔、失恋、愚痴、中身と可愛げのなさ、ぼやけた生活の数々で、まさか、彼の瞳が録る映像の主役になれた、とは。


 速やかに心の風船が膨らみ、気付けばロマンチックなメロディに包まれてふわりと浮かんだ。
 深夜の星屑ポエムを削除した翌朝、じたばたしつつベッドから落ちる。


「はいはい。授業中に眼鏡、毛量多めで切れ長の片目隠れてる、どっちかっていうとかわいいタイプね。確か妹いるよ。メグは推せないや、彼氏が欲しいナナセちゃんの【逃げ】でレオくんが泣いたり笑ったり、人生変わるのに」
 待ち合わせ場所はやがて桜がトンネルを作り、花見客で溢れる通りだが、代わりに薄らと雪が積もっており、幻想的な景色の果てを見渡せた。スクールコートのトグルボタンを弄って、「おはよう」のこだま、雫が垂れ大騒ぎ、登校には時間が掛かる。やっと着いた教室で、濡れた靴下と悴む足指がどうのこうのはさておき、つい姿を探してしまった。
      

 あちらも同じく、とても不安げな眼差しで。
 じっと見つめる刹那の永遠、凍って時が止まり周囲は無音、美しい世界にふたりきりかの如く。

 どくん。


「……うっ」
「え、どっか苦しいの!?」
 ピンクの動悸、適当に距離を縮めて告白すれば済む、とはいえ、私が惚れたら進まなくなる。
 最早、悠然と構えていられない。
「我ながら、幾ら何でもちょろ過ぎるわ」
 重なった想いは暗雲、単純な自分が憎たらしかった。


 有り難いことに恋心を秘める必要はなく、あからさまなアプローチができる。冷やかされても開き直り、バレるまでやろう、という積極性は持ち合わせず、圧倒的に照れが勝つ。
 しばらく機会を窺ったところ部活動含め終始シノブとセットでげんなり、まるで【そちらを先に倒さなければならないゲームのボスキャラクター】である。半ば諦めの境地で日課に時間を費やし、やや痩せた頃。鞄の外ポケットにノートの切れ端、されどラブレターの類いではなく、走り書きのIDと『よければメッセージください』(駆け引きのつもり?)ぬか喜びさせられた。

 結局はスマートフォンを通じて【Leo】との交流を図る。『よろしく』の白々しい演技、『動画しか観ない』は嘘、ふわふわな関係、返信の速さが物語る癖に、ともあれ、質問多めでやり取り自体は続く、きっかけをくれた。

 『おやすみ』は送れても、たった一言が無性に躊躇われる。目で追うのみか、レオの奏でるような声に名を呼ばれたかった。現在はまだ手探りでも毎晩こうしていれば、いずれ交際に至る(なら、せめてスタンプもしくは明るい絵文字をつけるべきだった)。すやすやと眠る予定が、くだらぬ悩み事で欠伸ばかりの月末を迎える。


 相も変わらず学校では避けられ、私の挨拶は周りの爆笑によって掻き消された。更に「今年こそは」と意気込んだイベントすら、
「チョコの持ち込みは禁止。即没収な」
担任教師が釘を刺す。「全力で頑張るのはテスト」の正論には納得しても、希望が打ち砕かれる。
 回転式ジェットコースターで天国と地獄へ連れて行かれた。流石にしょぼくれる。

「メグと作ろ、ついでに勉強やればママ達も文句なしだよ」
「ありがとう」
 彼女の励ましを斜め後方の席にわざと聞かせた。前倒しのバレンタインを存分に楽しんで、君には愛をあげない。

 すると狙い通り、夜間の入浴後に彼から連絡が来る。『やっぱマルに渡すの?』
 マルことカドマルは私の元・好きな人だが、こっそりSNSで得た情報を漏らして、つまりは非常に焦った様子だ。通知欄を覗いてほくそ笑む。
 鈍感、勘違いも甚だしかった。試しに放置して、つぶやいてみる。

なんだかな
1ミリも伝わってなさそう

〜聴いている曲のスクリーンショットを添えて〜

 歌詞を調べると胸の内が理解可能な、ぎりぎりを攻めた。新しいシャンプーのピュアな香りが暖房の温風に乗って鼻をくすぐる。は、はっ、くしゅん。現実は湯冷め、布団を敷いて毛布に深く潜った。今頃レオはのぼせる。  

 ありきたりな素直になれなくて拗れるーーを『ごめん』の連打と『本当は複雑』が繋ぎ止め、負けた。何とも分かりやすく嬉しい反面、返答に困りハートを届ける。またもや、ぬるま湯に浸かった。


 もどかしくスローな日常がどうやら我が家の大人にとっては倍速らしい。
「尖ってるのがまさにって感じ。いやー、懐かしい」
リピート再生。
 ぶかぶかな制服に着られて、カメラを睨み付けた私はいつしか姉の背を抜き、流し放しのアニメを観て【当たり前に】鍋を囲む贅沢なひと時を退屈だと考える。取り皿には味が染みた油揚げと崩れがちな豆腐、どちらも万能の名脇役。 
 母は二十四歳で父と合コンもとい知人の紹介で巡り逢った。食卓にて、体と同様に薄っぺらい自分以外は夢を叶えている。
 辞めた習い事、志望校は近所、必然的に期待が持てるレオとの恋に酔う(但し、彼おすすめのシュールなショートムービーにはくすりともせず首を捻った)。


「暇潰しのスマホは試験の為に控えて」
「うん」

 ふと。急な展開の少女漫画が脳裏を掠める。過去のカドマルは兎も角、仮にライバルが現れたら、身を引く?
 浮つきにずしっと懸念が生じた。





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