吉田昂平
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32.『花火大会当日 谷田遥香②』
–––ごめん! ごめんね! ごめんなさい!
声が聞こえる。
顔が、とても綺麗。
「大丈夫なの谷田ちゃん!?」
「夢を、みた」
「夢?」
志乃ちゃんの涙がわたしの頬に落ちると少しだけ暖かかった。
「うん、たくさん、夢。昔の夢」
「さっきはごめんね」
「あのね志乃ちゃん。わたしわかった。わたしのじゃない」
「そんなのどうだっていいからお水飲んで」
ペットボトルを受け取る。
今日は星が綺麗だ
31.『谷田遥香の記憶2』
みんなの歌を聞いている。ラッキー・ラビット達は歌に合わせ踊っている。ヴィッキー。ヘンドリックス。ハリー・ザ・キッド。アントントン。バロン。グッドナイト。みんな大好き。みんなわたしの友達。わたしは今日もひとりぼっち。母も父もできたばかりのモールでショッピングを楽しんでる。
「ねえねえ、ひとり?」
合唱の中一際目立つ明るい声のその女の子は、友達をつれてジュースを飲んでいる。わたしは恥ずかしくて俯い
30.『谷田遥香の記憶』
どうして別の部屋にいるのだろう。あのちょっとした隙間から目だけを覗かせてこちらの様子をじっと窺っている。
こちらに対して、怯えているようにも見えるし戦おうとしているようにも見える。みんなが怖いのだろうか。自分を守ろうと必死なのか、何を考えているか、あの子は男の子なのか女の子なのか、明るい子でもなさそうだし極端に明るい子でもなさそう。かといって暗い子でもなさそうだし極端に暗い子でもなさそう。
「
28.『花火大会当日 大原志乃②』
同日 大原志乃
後ろで少し音がした。振り返ると、そこには駐車場の明かりを吸収してピカピカ光る両翼を広げた天使がいた。撮影がはじまっているのだろうか。
一旦その場から動かないでいると正体が谷田ちゃんだということがあらわになった。両翼を背負った谷田ちゃんの歩みには迷いが無く、まるで本物の女優のように思えた。
「もしかして背負ってきたの?」
「うん。あとこれも」
谷田ちゃんの右手の人さし指には
27.『花火大会当日 安部優』
同日 安部優
児童館で唯と愛ちゃんの漫才を見たとき、唯のことが好きになっていた。
漫才あとの演目の、合唱部の歌声の中、近くの駄菓子屋に唯を誘った。唯はすでに知り合いみたいな顔で「瀬下もいい? あとなんか奢って」と悪びれなく言うから三人でお菓子を食べた。瓶のコーラもふたりに奢った。
やっとこさ告白しようとしたら「両替してきて」と、唯はゲーム台の椅子に座ってメタルスラッグ3をプレイしはじめた
26.『花火大会当日 谷田遥香』
同日 谷田遥香
口の中は甘い。頭の中は台詞が犇きぐるぐるうるさい。シーンはこの町で起こった本当の出来事の断片のよう。
本当の出来事に台本の出来事が絡まって、自分と瓜二つの虚像が事実の近くで暴れ、ほつれていく。
シナリオや場面が視界や思考を歪ませる。歩くと少しは楽になるけど家に帰ると蘇り、ご飯を食べるとき、寝るとき、湯船に浸かってるとき、話しかけてくるように側にいる。おかげでここ数週間は毎
25.『花火大会当日 大原志乃』
同日 大原志乃
慧くんはこの浴衣の色のことなんて言ってくれるだろう。褒めてくれるだろうか。可愛いねとか、オシャレだねとか、そういう一言を言ってくれるだろうか。
一言は一言でも特別な一言がいいなあ。あたしにしか言ってくれないあたしだけの褒め言葉。
大原のその浴衣、俺は好きだなあ。
やっぱり大原はなんでも着こなすんだな、すごいね大原は。
俺そういう女の子結構好きだぜ。知らなかったろ
23.『北沢靖人の日記』
同日 北沢慧
ボールは後ろへ転がっていく。勢い余って尻もちをついた。地面はかたく、痛みは体の奥まで貫通してきた。
みんなは俺を笑うけど、兄貴だけは俺のもとにかけてきて、心配そうな声でお尻の土をはらってくれた。
兄貴が両腕を伸ばす。その腕に甘えておんぶなんかされてる。「お前は俺が守っちゃる」それが兄貴の口ぐせだった。
煙草臭い。壁もカーテンも日記のページも変色している。でもソファー
22.『花火大会当日 両野彩花』
同日 両野彩花
–––こぽんこぽん、あわの音。こぽんこぽん、あわの音。
もう苦しくもなんともない。足掻く力もない。体は底に沈んでくだけ。
キラキラした透明と空の青。なんか、水中ってより、飛んでるみたい。
「アンタ、名前は?」
「悠馬」
うわ悠馬じゃん。なにこれ懐かしい。
「ここらへんじゃ見らん顔やね」
「引越してきたんだ」
悠馬は私のアパートを指してる。
「何号室?」
「3
21.『花火大会当日 山本健介』
花火大会当日 山本健介
いってえ。蹴られたとこがいてえ。でもなんか、生きてるって感じがする。
うるせえなあ。そんなに騒ぐことじゃねえだろうが。たかが学生同士の喧嘩、人を殺しちまったわけじゃねえのによ。大袈裟すぎんだよ。
母ちゃんもあんときゃ大袈裟だったんだよ。勝ちは勝ち負けは負けだろうが。そんな喚くもんじゃねんだよ。コートに立ったこともねえのにいっちょ前しゃしゃり出やがって。あんたがあん
20.『花火大会前日 谷田遥香③』
「で、まだ言いたいことある? 無いなら帰れば?」
「言われなくったって帰るっちゃ!」
席から離れようとした志乃ちゃんを無視して瀬下は動かない。志乃ちゃんが「どいて!」と叫ぼうが瀬下はその場から動かない。
「なあ荻、お前正気か?」
「あなただあれ?」
「とぼけんな」
「ああ瀬下さんまだいたんだ」
「大原の肩もつわけじゃないけど受からせといてそりゃないだろ」
「監督は僕だから仕方ないよね」
「仕方な
19.『花火大会前日 谷田遥香②』
–––じゃあちょっとだけ質問。リラックスして答えてね
「はい」
瀬下には申し訳なかったがなんとかいてくれてはいる。
荻さんとモヒカンにわたしは挟まれて、向いには志乃ちゃんとモジャモジャ、瀬下が真ん中で挟まれてる。なんか緊張する。
–––まず、名前と、年齢。趣味とか、あと特技とかあったら
テーブルに手持ち用カメラ。やっぱり、すっごく緊張する。
「谷田遥香15歳。趣味は散歩と、あと映画鑑賞と