21.『花火大会当日 山本健介』
花火大会当日 山本健介
いってえ。蹴られたとこがいてえ。でもなんか、生きてるって感じがする。
うるせえなあ。そんなに騒ぐことじゃねえだろうが。たかが学生同士の喧嘩、人を殺しちまったわけじゃねえのによ。大袈裟すぎんだよ。
母ちゃんもあんときゃ大袈裟だったんだよ。勝ちは勝ち負けは負けだろうが。そんな喚くもんじゃねんだよ。コートに立ったこともねえのにいっちょ前しゃしゃり出やがって。あんたがあんときあんなことするから俺も康介も引けなくなっちまった。母ちゃんがあんとき車ん中で泣いたから俺ら、あいつら全部に負けたみたいになっちまったよ。まったくよ、ムカつくぜ。
もともと小森がやるって言い出したからはじめただけなのになんで俺、最後までバドなんかやっちまったんだろう。こいつが無けりゃもうちょい賢くなれたんかな。
いっちょ前にデートとかSEXとかそんな学生生活おくれたんかな、まあ今となっちゃそんなもん。続けちまったもんはしょうがねえよな。
苗木にスマッシュを打たれた瞬間のことだ。あの瞬間にこれからなにをして生きていけばいいのかわからなくなった。
練習は、勝つためにやる。毎日目標があった。でも俺がはじめたバドで、ずっと続けてきたバドミントンで、まさか人生の、この先の未来のまたたきのそのまた先の未来まで曖昧になっちまうなんてな。笑えるよ。なんて滑稽な皮肉だろう。あ、皮肉って感じるってこたあ俺、やっぱバド好きだったんかもな。
あいつらに負けてからラケットには触らなくなった。あのクソうざってえ夜練も行かなくなった。
康介は俺を咎めたけど母ちゃんは別になんにも言わなかったから胸の中の奥んとこがザワザワってした。ザワザワってしたけど寝るときゃおさまってそれが余計に俺をイラつかせた。
俺の情熱ってのは所詮、こんなものなのかと。そりゃそうだろうな。小森のことが好きだったから入部しただけだもんな。こんな気持ちから変態していった情熱なんて当然しゃべえよな。しゃべえ情熱は時間と共に萎んでって合宿もコーチ主催のバーベキューにも行かず、毎日クーラーの効いた部屋で漫画読んでAV見てお菓子食いながら屁こいて夕飯食って風呂入ってクーラーの効いた部屋に戻って寝る。
楽だけど楽しくはなくてゲーセンとか行ってみるけどモヤモヤは全然消えてくれなくて。もしかして、これが大人になるってことなんかなあとか、メダルゲームやってる途中に考えてみたりしたけどあまりにもくだらなすぎてトイレで吐きそうになった。
虫が集まってやがる。そんな近くで光を感じて眩しくねえのかよ。このだだっぴれえ駐車場も意味なんてあんのかよ。
康介にゃ未来がある。俺にもなにかしらあるかもだけどバドはやめる。あの試合で推薦もチャラになっちまったしよ。もう続ける意味がねえ。
母ちゃんの夢を、俺のかわりに引き継ぐのは康介だ。
ダルいだろうけどお前はまだまだ強くなる。攻めは弱っちいけど守りは十分強い。
やっぱお前のために、苗木と荒垣を応援してた女を見つけたときすぐ撤退すべきだった。なんであんなことしちまったんだろう。あんなことしてもモヤモヤが消えるわけねえってわかってたはずなのに。あのとき俺は、やらねえよりやった方が少しは楽になるんじゃねえかって。
本当ならあの日、できればあの日、良い試合だったって握手してあいつらを称えてやるべきだったんだ。すげえ良い舞台をあいつらとつくって、兄ちゃんかっけえだろって、康介にそんな舞台を見せてあげたかった。
ごめんな康介、兄ちゃん、ちかっぱダセえな。
「なんしようとしたんね! これはなんね! 答えろ健介!」
いってえな、そこ触んな。わかるだろ、大人なんだからよ。康介がよ。楽しみにしてたモールのライブもろくに見せてあげられんかった。今日もあいつは優しいから、ほんとは友達と行きたかったろうに俺なんか誘ってよ、それも断って今じゃこんなありさまよ。
なあ、なんでだろうな。なんで毎回こうなっちまうんだろうな。なんでこうもすぐ手なんか出しちまうのかね。
ああ、そうだよ。わかってる。わかりきってる。俺は俺だからそんくらいわかる。どうせこう答えるんだろ? "見かけちまったもんは仕方ねえ"って。
ああうるせ。いつになくうるせえな親父の野郎がよ。
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