20.『花火大会前日 谷田遥香③』


「で、まだ言いたいことある? 無いなら帰れば?」
「言われなくったって帰るっちゃ!」
 席から離れようとした志乃ちゃんを無視して瀬下は動かない。志乃ちゃんが「どいて!」と叫ぼうが瀬下はその場から動かない。
「なあ荻、お前正気か?」
「あなただあれ?」
「とぼけんな」
「ああ瀬下さんまだいたんだ」
「大原の肩もつわけじゃないけど受からせといてそりゃないだろ」
「監督は僕だから仕方ないよね」
「仕方ない? 調子乗んなタコ。世にも出てないのに監督きどりか? おめでたい頭してんなお前。お前みたいなのいるんだよ。なにもつくってねえくせにつくったつもりで調子ぶっこくやつがさ」
 荻さんは少しだけ泣きそうになっている。
「へえ、い、言うねえ。瀬下ちゃんはなにか、何か成し遂げたことあるの?」
「ない。ないからここから成し遂げる」
「破綻してるね。かかっちゃってるね今のお前」
 瀬下はテーブルから乗り出して右腕を振りかざそうとしたがモヒカンがすばやい動きで制した。
「暴力はよくない。平和にいきましょう」
 顔を歪める瀬下を見てモヒカンが瀬下の手首を強く握っているのがわかった。瀬下は唸り、腕をねじ伏せられた。
「ネタの流れとか、台詞想像して、何かに記して、読み返すんだよ。したらまったく同じネタがもうすでにこの世にあるんじゃないかって勘違いするときがあってよ。面白いアイデアも用済みみたいになって勘違いに拍車かかってオチまで辿りつけないときがある」
「なんの話してる?」
「寝るとき浮かぶ。起きたら浮かぶ。消えたとて浮かび上がってくる。ネタ終わりの反応が。嫌になるよ。だってネタは実際完成してないんだから。創作は面白いけどあたり前のように苦しいのはなんでだろうな荻。一緒だから、、、、、苦しんだろうなきっと。勘違いする頭も想像する頭もさ。想像の唯一の味方は想像だけど想像の敵は想像みたいなさ。書くぞっていう勢いは大事。書くかぁっていうゆるいスピードも大事。でも一番大事なのは創作に向かわせてくれる人達、、、、、、、、、、、、、だ。そいつらが笑ってくれるのならどんなに苦しくてもかまわない。そいつらが笑わなくったって誰も干渉できない頭の中の傑作で終わるのはやるせないだろ? それなら逸そ世に解き放って駄作って呼ばれて笑われた方がいい。評価は怖い。でもその先にあるものはきっとどちらにせよ笑えると私は信じてる。だから私はやるよ。お前みたいな浅いやつに破綻してるって言われてもな。私はね、つまるところお前と同じ、、なんだよ」
 荻さんは押し黙り、誰かのカップを口にして「美味しい」とだけ呟いた。志乃ちゃんは黙って座りこんで、この静寂を窺うように両目を泳がせていた。

「賭けをしましょう。勝ったら大原さんをキャストに入れたげる。花札のルールはわかる?」
「知らん」
「大原さんと谷田ちゃんは?」
 志乃ちゃんもわたしも知らなかった。
「そうさねえ。谷田ちゃんと大原さんが二つの山札から1枚ずつ札を引いていく」
 荻さんはポシェットから小箱を取り出し、その中に入っているカードの山をテーブルの中心に並べた。カードには水木しげるの妖怪の絵が描かれてある。
「先に同じ柄を3枚揃えた方の勝ち。谷田ちゃんが勝ったら大原さんはクビ。大原さんが勝ったら映画デビュー。どう? やる?」
 志乃ちゃんより先に瀬下が「潰す」と答えた。志乃ちゃんは瀬下のあとに「負けない」と呟いた。誰のことも見てなかったけど誰に言ったか、それはもうこの場にいる全員が把握できていた。荻さんは笑い、カードを裏返しにした。

「今から覚えて頭に入れてね。1月は松、毛羽毛現けうけげん百目呼子よぶこだるま。2月は梅で子泣きじじい豆腐小僧夜行やぎょうさんぬらりひょん。3月は桜で二口女九尾一反もめんキジムナー。4月は藤で煙羅煙羅えんらえんら雲外鏡うんがいきょうかわうそ天井下がり。5月は菖蒲あやめ小豆あずき洗い皿小僧ガラッパさざえ鬼。6月は牡丹ぼたんでお歯黒べったりろくろ首ねこ娘枕返し。7月ははぎで手の目あみきり魍魎もうりょうべとべとさん。8月はススキで吸血鬼エリート大入道のっぺらぼうがしゃどくろ。9月は菊で死神しゅぼん砂かけ婆ぬっぺふほふ。10月は紅葉でネズミ男鎌鼬かまいたち座敷童子烏天狗。11月は柳で傘化け陰摩羅鬼いんもらきうわん山田くん。12月はきりでおとろし牛鬼震々ぶるぶるあかなめ。これら十二の季節を巡るは四十七の御妖怪様半百鬼夜行の列とみなし現世に集いし楽しい宴。さあさ皆さんお手を拝借! よーお!」
 モヒカンが両手一拍手した後にモジャモジャが二拍手してその後に荻が三拍手した。何かの儀式だろうか。
「覚えたのならスタートね」
「んなもん覚えれるか」
「どっち賭ける?」
 モヒカンは財布から小銭を取り出している。
「谷田ちゃん」
「だったら俺は大原ちゃん」
 ここでは荻さんがルールだ。お互い一枚ずつ、カードを引く。
「谷田ちゃんが柳、大原さんが桜、先攻は谷田ちゃんだね」
 先攻後攻を決めるのに使ったカードは持ち札へ。次にわたしはカードを引く。

「萩、べとべとさん。次、大原さん」
 志乃ちゃんはわたしと違う山札からカードを引く。
「ススキ、がしゃどくろ。次、谷田ちゃんだよ」
 わたしも志乃ちゃんとは違う山札からカードを引く。
「菊、ぬっぺふほふ」
 なかなか、簡単には揃ってくれない。
「梅、夜行さん」
「桜、九尾」
「桜、二口女、大原さんリーチ」
 嘘、もうリーチ? こんなに早くリーチになるなんて。
 どっちの山札にわたしのリーチが隠れてる?
「ススキ、大入道」
 くそ、まだ一つも。
 志乃ちゃんはでも抜け目なくカードを強く引く。
「負けても谷田ちゃんは参加してもらうのに。律義だねえ」
「わかってないっすねナベは。そういう次元じゃあないんすよ、もう」
 志乃ちゃんはゆっくりカードをめくる。
「柳、うわん」

 呼吸を整える。持ち札を確認する。わたしは今、桜を一枚持っているから、志乃ちゃんのリーチはいくらか阻止できているはず。ダブルリーチに入る前にわたしもリーチにならないと。
「桐、おとろし」
「牡丹、お歯黒べったり」
「菖蒲、皿小僧」
「菖蒲、ガラッパ」
「菖蒲、小豆洗い、谷田ちゃんリーチ」
 志乃ちゃんは一枚菖蒲を持ってる。でもこれで並んだ。
「ススキ、吸血鬼エリート、大原さん二つ目リーチ」
「良い調子っす!」
「静かにしてください!」
「押忍」

 手のひらが濡れてる。次はどっちの山札だ。
「どうしたの谷田ちゃん? 引かないの?」
 一度、まぶたをつむってあけて、カードを引く。

「藤、煙羅煙羅」
 くそ。
「柳、傘ばけ、大原さん三つ目リーチ」
 ヤバイ、そろそろヤバイ。
「桐、牛鬼、谷田ちゃん二つ目リーチ」
 よし。
 「梅、ぬらりひょん。大原さん四つ目リーチ」
 志乃ちゃんが爪を噛んでるのに気づいた。わたしは貧乏ゆすりしていることに気づいた。
「桜、一反もめん」
 リーチだけど桜はもう3つ揃わない。阻止できたけどこれは意味がない。
「藤、天井下がり」
 危ない。
 「柳、陰摩羅鬼」

 志乃ちゃんのリーチは潰せてる、が、わたしもその分おあいこ。ダメだこのゲームわたしが後手後手になっている。
 片方の山札が別の山札よりも少なくなっている。そこを志乃ちゃんは攻めている。
「牡丹、ろくろ首で大原さん五つ目リーチ」
 負けない。志乃ちゃんがそっちの山札ならわたしだって。
「牡丹、枕返し」
 志乃ちゃんも同じ山札だ。
「牡丹、ねこ娘」

 志乃ちゃんはガッツポーズをして隣の瀬下とハイタッチした。瀬下も志乃ちゃんと同じくらい嬉しそう。でもわたしは。
「約束どおり。お前らのチームに入れろよな」
「わかったよ。約束は守る」
 荻さんはにこやかに笑ったが一瞬だけ下を向き舌打ちをした。
「うおおお! 流石っす大原さん! よっしゃ今日はいっぱい頼むぞお!」
「バカ。今頼んでる分だろ。追加はお前が払えっての」
「けちくせえ~」
 わたしは手を伸べる。志乃ちゃんの右手とわたしの右手が重なる。
「さっきは酷いこと言ってごめんね。やっぱり私たち友達だったんだね」
 荻さんの手を志乃ちゃんは勢いよく跳ね除けた。
「じゃあそういうことで。わたしたちは5人でラストを撮る。わたしは荻美咲。映画監督志望。そして」
右近寺うこんじあつしです! よろしく!」
 モヒカンはグッと肩を寄せてきた。暑苦しい。
「ウコンはカメラと機材運びとかやってもらってる。口癖はスリラーのPVに出たことあるっすっす」
「あるっす!」
真鍋まなべ崇則たかのりです。ナベって呼んでね」
「ナベはねえ、アダルトビデオ見ながら脚本書くんだよ」
「結構前だけど専門のときにね」
「てことで新生荻組結成。みんな、よろしくね」
 モヒカンはハンバーグとステーキとたらこのパスタを頼んで瀬下はうどん、志乃ちゃんはピザ、わたしは季節限定メニューを頼んだ。モジャモジャは拗ねたみたいにパソコンで何か打ち込み続け荻さんはそれをただ何も言わずに見ているだけだった。
 電気看板の隅っこで蟻に集られ下っ腹を食い破られた蝉がどこか上を見ている。荻さんは煙草の箱からライターを取り出し志乃ちゃんにティッシュをもらって亡骸を白で包み、そこにオレンジを繋げた。小さな炎はひらひら燃えて色の濃い煙を上げる。
 荻さんは空と亡骸の真ん中で手のひらを合わせ、小さくて全部は聞き取れなかったけど「ご め ん ね ヤ ス ヒ ト く ん う ま く や っ て あ げ ら れ な く て」という凄まじく寂しそうな声だけは妙にポツンと聞こえた。その小さな声は、自分の声とほとんど同じような気がして、少しだけ、泣いてしまった。


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