31.『谷田遥香の記憶2』




 みんなの歌を聞いている。ラッキー・ラビット達は歌に合わせ踊っている。ヴィッキー。ヘンドリックス。ハリー・ザ・キッド。アントントン。バロン。グッドナイト。みんな大好き。みんなわたしの友達。わたしは今日もひとりぼっち。母も父もできたばかりのモールでショッピングを楽しんでる。
「ねえねえ、ひとり?」
 合唱の中一際目立つ明るい声のその女の子は、友達をつれてジュースを飲んでいる。わたしは恥ずかしくて俯いた。
「あたしたちの親もお買い物してるんだよ」
 わたしの靴は汚れている。明るい声の女の子の靴の先は真っ白。他の二人も綺麗な靴を履いている。
「ねえねえ、なんで下向くん? 恥ずかしい?」
 更に恥ずかしくなって、でもこれ以上首を下向きにすると、地面とぶつかるからそこではじめて明るい声の女の子の顔を見た。
 わたしと全然違う顔。祖父の怖い顔でもない、母の悲しそうな顔でもない、父の怒り狂った顔でもない。目をくしゃつかせて、大きく口を横に開き、白い歯を見せている。わたしはこの女の子のこともう好きでいる。
「もしよかったらあたし達とまわろうよ!」
 女の子に手をひかれ合唱の中を抜け出す。どのアトラクションも見るのは楽しいけど乗るのは怖い。だけどその女の子と乗ると、不思議と怖いが楽しいに変わった。アトラスタワーも惑星アクアもタイタンもアドベンチャークルーズだって乗れる。わたしは怖いを乗り越えて笑えている。

 グループの一人がお寿司を食べたいと言い出したから、再入場するための、水に濡れても落ちないスタンプを手の甲に押してもらい、ゲートの外に出てモールの側の回転寿司屋に入った。子供だけで入れるか心配だったけどあの子が店員さんに全部言ってくれるからなんなく入ることができた。
 明るい子はわさびも食べきる。しょうがだって食べきる。ジュースじゃなくてこういうときは熱いお茶を飲む。すごいなと感心した。
 いろんなことを話した。わたしの知らない新作のゲームソフトのこと、残りの夏休みどう過ごすかなんてのも話した。その子はグリーンランドやハウステンボスに行く予定らしかった。両方行ったこと無いからとても羨ましい家族だなと思った。話を聞いていくうちに三人は自分と同じ学校の同級生だというのがわかったけど、同じクラスになったことが一度もなくて、それは自分からは結局切り出せず、母からもらったお小遣いでお寿司とかをいっぱい食べた。

 ザターンの列の中で女の子はみんなに話してる。好きな男の子がいるらしい。他の二人は楽しそうに盛り上がっていたけどわたしはどう盛り上がればいいのかわからず、その子の話を真剣に聞いている。
 わたしもあんな風に笑顔の中で盛り上がりたい。あの子の家族のような夏休みを過ごしてみたい。友達と喧嘩したり仲直りしたり、恋もしてみたい。わたしは、この子になりたい。
 コースターは無機質な音を立てて灰色の空にのぼってく。もう閉園時間ギリギリなのか、乗っているのはわたし達だけ。見えるのはホテルの連なりとショッピングモール。上から見てもやっぱり地元のモールとは全然違う大きさ。駐車場もたくさんある。
 わたしと明るい子は先頭に乗って、後ろには他の二人が乗っている。もうじき、コースターは一番高いところに到達する。明るい子はポケットからケータイを取り出してみんなに向けた。
「入って入って! ほら遥香ちゃんも笑って! いくよ! せーのっピ~ス!」
 体のすべてが勢いよく落下する。わたしは今までのわたしを捨て去るように叫びながら内心、志乃ちゃんの全てになろうと、そう決めた。

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