19.『花火大会前日 谷田遥香②』



 –––じゃあちょっとだけ質問。リラックスして答えてね
「はい」
 瀬下には申し訳なかったがなんとかいてくれてはいる。
 荻さんとモヒカンにわたしは挟まれて、向いには志乃ちゃんとモジャモジャ、瀬下が真ん中で挟まれてる。なんか緊張する。
 –––まず、名前と、年齢。趣味とか、あと特技とかあったら
 テーブルに手持ち用カメラ。やっぱり、すっごく緊張する。
「谷田遥香15歳。趣味は散歩と、あと映画鑑賞とか音楽鑑賞とか、です」
 –––特技は?
「特技は、えっと」
 –––難しく考えなくっていいから。部活とかさ、なんかやってる?
「やってないです」
 –––子供の頃になんか習い事してた?
「してないです」
 –––得意科目は?
「特にありません」
 –––好きな授業は?
「しいて言うなら国語です」
 –––国語のどんなとこが好き?
「先生が面白いとこ」
 –––どんな風に面白い?
「声が太いです。だから音の低いオペラ歌手みたいな。喋り方も歌ってるみたいに話すからほとんどオペラ歌手なんじゃないかって。そう思いながら授業聞いてたらなんか笑えるんです」
 –––他に面白いと思ったことある?
 瀬下がなんかやってる。口を大きく開けてグラスを口にはめこんでる。
「学校のことじゃなくてもいいですか?」
 –––もちろん
「クラスメイト三人と、わたしで、モールに遊びに行ったんです。偽ビートルズのライブやってたあのモールです。待ち合わせから、わたし、全然三人と馴染めてなくて服とかちっちゃい頃買ってもらったやつで超ダサく、見えてたと思います。志乃ちゃんもそのときいたからオシャレな志乃ちゃんに服を選んでってお願いして、選んでくれた服がもうすっごく可愛くて、その服買ってすぐに着替えてその服で遊んでカラオケに行ったんです。そしたら同級生の男の子達がいて、合流する感じになって、一緒の部屋に入ることになったんです」
 わたしは志乃ちゃんを見る。志乃ちゃんはこの席に来てからずっとわたしを見てくれている。まるで鏡みたいに。
「焦りました。歌が下手とかやなくて、その場に好きな男の子とその男の子を好きな女の子もいたんです。その女の子は勉強できて運動もできて歌も上手でファッションセンスも抜群でみんなの人気者で、やっぱりこの子には敵わないのかなって思ってしまったんです」
 –––それで?
「それで、あの、わたしって、普通なんです。いじめに遭ってしまうような反抗的な正義も無いし、誰かに褒められるような才能もない。完璧な女の子はみんなの中心って感じやけどわたしはただ真ん中にいるんです」
 –––真ん中?
「真ん中。どっちにも振り切れない半端な位置にただいるだけ。先生にも言われたことあって三者面談のとき。そこではじめて担任と親に夢を話したんです。でも先生から言われてしまいました。谷田は普通だから。お前の言うその夢は叶えられない。叶えることは難しい。叶えるほどの才能を感じられないって」
 –––酷いね
「いや、優しさだったと思います。変に期待させて後から絶望するのを先生は多分見たくなかったんじゃないかなと今では思います」
 話しながら虚しくなってきた。ただ志乃ちゃんも瀬下も荻さんだって真剣に聞いてくれてるから、わたしはわたしの話をやめるわけにはいかなかった。
「こんな普通の人生をね、こんな、誰かに心配されるほどの普通の人生、、、、、、、、、、、、、、、、をね。わたしはせめて、せめて自分だけはくだらなくないって、カラオケに行ったあの日、肯定してあげたくなったんです。多分なってしまったんです。あの子みたいに勉強はできないし脚は速いけど運動神経は無いし歌も下手、恋愛も下手、下手どころかモテたことなんて一度も無い。でもわたしはわたしのことを終わってるだなんて思いたくなかった。それだけはどうしても認めたくなかった。だから、あの日わたしはマイクを食べました」
 瀬下と荻さんがほとんど同時に笑った。わたしも笑おうとしたが志乃ちゃんが笑ってなかったので笑ってないように笑った。
 –––マイク食べたの?
「噛み砕いで飲み込んだわけじゃありません」
 –––それはわかるよ。口の中に入れたってことでしょ?
「谷田ちゃんやっぱ最高だよ! 愛のために頑張ったんだね! 大きなトラウマとたくさんの愛! 偉いぞ谷田ちゃん! よしよし谷田ちゃん!」
 真昼の光の中で、瀬下が芸人になりたい気持ちがなんとなくわかった気がした。大袈裟に褒めてくれる荻さんにも少し感謝した。

「美咲の反応見てわかったと思うけど、最後に一応、好きな映画教えてくれる?」
「フォレスト・ガンプ」
 モジャモジャは荻さんのように大きく笑った。モヒカンは両手で顔を隠してキキキという音を発してる。首もとの太陽のタトゥーも歪みきっている。
「ちょっと待ってよ!」
 志乃ちゃんが席を立つと静寂が生まれ、光の中で埃が舞った。
「演者は荻さんとあたしだけだって!」
「アンタは降板だよ」
「はあ?」
「用無しってこと。わかる?」
 志乃ちゃんは何かにすがるようにモジャモジャを睨んだがモジャモジャはもう志乃ちゃんを見ていなかった。
「意味わかんないんですけど! なんでよ!」
「意味くらいわかるでしょ? アンタは谷田ちゃんに負けたんだよ。てか最初からわかってて誘ったんでしょ? 演者はアンタか谷田ちゃん。負けるはずないって。そういう意地悪、嫌いじゃないけど負けは負け」
「演者は三人にしよ? ね? 別に困らないでしょ?」
「どう思うナベ」
「できなくは無いけどやっぱりラストは二人だね」
「酷いよ! 最初に声かけてきたのは荻さんでしょ!?」
「アンタも諦めが悪いねえ。あれだわ、この前ね、レンタルビデオ屋で女が男にね、あっし映画ならサイコキラー系がいんだよねえとか言っててね。思わず吹き出しちゃった。お前みたいな変人きどりがいるからいつまで経っても平和にならないんだよって。サイコキラーなんて絶対いちゃダメ。サイコはまだ面白いけどキラーはもう面白くない。人殺しなんて絶対やっちゃダメ。まああの女は考えが浅いからそのサイコキラーにも殺される価値のない女だってこと」
「それどういう意味?」
「クススス、アンタのことだよ。アンタはそんな感じ。そりゃ努力はしてるわな。勉強、スポーツ、ファッション。でもそれだけじゃダメなんだよ。気づけよいい加減。学生時代の友達なんて意味ないんだよ。群れてないと学生生活は地獄のようだからその痛みを止めるみたいな感じ、、、、、、、、、、、、で友達をいっぱいつくってるだけ。大人になってきっと思うから。あのときの友達全部いらなかったなあって。一生懸命友達つくるくらいなら真摯に何か一つ没頭しとけばよかったなあって。なーんかあれだね。今の先生みたいでクソウケるね」
「全然面白くない」
「あーウゼ。アンタウザいね。あたしはただ面白い映画が撮りたいだけ。面白いものが撮れるんだったらなんて言われたって構わない」
 真昼の静けさに照らされる志乃ちゃんはなぜだか、出会ってから今までで一番綺麗に見えた。綺麗に見えたから、悲しいと思った。


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