27.『花火大会当日 安部優』



 同日 安部優


 
児童館で唯と愛ちゃんの漫才を見たとき、唯のことが好きになっていた。
 漫才あとの演目の、合唱部の歌声の中、近くの駄菓子屋に唯を誘った。唯はすでに知り合いみたいな顔で「瀬下もいい? あとなんか奢って」と悪びれなく言うから三人でお菓子を食べた。瓶のコーラもふたりに奢った。
 やっとこさ告白しようとしたら「両替してきて」と、唯はゲーム台の椅子に座ってメタルスラッグ3をプレイしはじめた。
 漫才中もそうだった。こんな感じだった。こんな感じでただあまりにも漫才中とオフとの態度が変わらないからびっくりした。いやむしろオンよりオフの方が言動が荒く、でもそこが可愛らしくて素敵だった。
 唯は面白いことが起こると笑うし、なんにも起こっていない状況下でも笑うからずっと笑っている。ちょっと怖くなるときももちろんあるけど唯のそういうところが一番好き。
 唯はゲームオーバーを認めず、夕方になるまでプレイし続け、発作のように「飽きた!」と喚いてから「もう帰る」と言い出した。狂ったような笑顔で「楽しかった!」と手を振る唯を見て、告るタイミングなんてこいつには一切ないのだと遅すぎたタイミングで気づいて大きな声で告白した。その大きな声が曖昧だったのか、手を出す位置がふたりのちょうど真ん中だったのか唯は「すっげえ瀬下! ウチ告白とかはじめて生で見た!」とオレより大きな声で騒ぎ散らした。駄菓子屋のおばちゃんも通行人も一斉にこちらを見たから恥ずかしくなってでもこれを逃したらもう告ることはできないだろうともう一度、言葉を叫んだ。
 愛ちゃんは「ごめん。今は興味ないからそういうの」と気まづそうにしていたがだがしかし、間髪入れずに「佐伯ちゃんの方!」と叫んだ。
 愛ちゃんはキレてたけどそれ以上にキレてたのが唯だった。よくも相方に恥かかせたなと、広場まで腕を引っ張られてマウントポジションをとられ、好きな人が繰り出す右ストレートを両手で防ぎ、防ぎながら愛ちゃんに謝ってこの状態のまま唯に告白しなおした。
 唯は動きを止めず「それどころやない。ちゃんと殴らせろ」と聞き入れてはくれず、逆に自分が唯の意見を聞き入れると唯は無防備なオレの左頬に一発、どでかいのを入れ「スッキリした。スッキリしたけん付き合っちゃる」と両手を腰に置いて笑ったあと、朗らかな表情で空を見ていた。

「続いては中学生漫才コンビ『へいわぼけ』の登場です! 張り切ってどうぞ!」
 出囃子が鳴って拍手が起きる。眩しい光の中でふたりは拍手と板を踏み潰す。
「こんばんわ、へいわぼけです。お願いしまーす」
「今見てるやつら有り金全部渡せ!」
「すいません皆さん。オープニングから相方がショットガンでカツアゲしてますけど、アンタはそのカツアゲしたお金で何がしたいの?」
「この祭りの食いもん全部食う! 大量の金で大量の食いもん食べて大量に笑いたいただそれだけだ!」
「どうですか皆さん。服を着た強欲がマイクの前でイキり散らしとるんですけども、協力してくれるよって方いますか?」
「はい! はい! はーい!!」
「ね、アホでしょこいつ。これで体育2なんですよ。せめて5であってほしいところなんですけど」
「なあなあ。あれ見える? あそこのお店」
「見えるよ。私視力良いから」
「ウチな。あっこのかき氷屋さんに一つ言いたいのよ」
「なんて言いたいの」
「味の種類が多い!」
「良いやん」
「良いよ! ただその中にウチの好きな味が無い!」
「バカ舌が味とか語んな。いや無いこと無いやろ」
「いいや、たしかに確認した。無い!」
「ちなみに何味が無いの?」
「氷味のかき氷」
「売るかそんなもん。あってたまるか」
「ウチあれ好きなんよ~」
「馬鹿みたいに砕いた氷?」
「それがいいのよ」
「アンタ正気? それ白飯おかずに白飯食うみたいなもんよ?」
「2番目に好きな料理」
「ジャンパーにジャンパー羽織るみたいなもんよ?」
「3番目に好きな料理」
「料理?」
「料理!」
「100円で100玉買うみたいなもんよ?」
「1番好きな料理」
「料理!?」
「料理!」
「アンタの概念がわからん。ほんで氷味が一番じゃないんかい!」
「ウチ知覚過敏なんよ」
「殺すぞ」
「でも安心して」
「できるか」
「クレーム入れてます」
「バカ舌知覚過敏がかき氷屋さんに入れるなよクレーム」
「あなたが108番目のクレーマーです」
「むっちゃ入れられとるやんあっこのお店」
「あなたの意見はわかります。でもそんなことよりあなたの顔が嫌いです」
「嘘やろ?」
「あなたあれに似てる、ダンゴムシの裏に。鏡見て思いませんか? あーダンゴムシの裏に似てるなあって。寸分狂いなくダンゴムシの裏だなぁ、これダンゴムシの裏とダンゴムシの裏みたいな自分の顔並んでたら間違っちゃうなあ、ていうかダンゴムシの裏って私の顔のパクリじゃね? てことはダンゴムシの表も自分の顔じゃね? てことはつまり自分ってダンゴムシじゃね? ああそうだ思い出した私はダンゴムシと表裏一体だったんだ! こんにちはおはようございますこんばんは、私は佐伯唯あらためダンゴムシの裏と表です!!」
「何を言っとるんずっと!!!」
「皆さんはどう思います? ウチの顔ってダンゴムシですか? 似てると思ったら両手、似てないと思ったら片手を上げてください」
「そんな質問お客さんに投げんな! このあとまだ祭りにおるんやから、あ、ダンゴムシの人やって指さされてむっちゃ気まずくなるぞ! お客さんもお客さんで手上げなくていいんですよ! んでアンタさっきから全然ショットガン使わんなあ! 使わんなら置いとけ!」
「ただ重いだけ」
「じゃあ置けや!」
「置かん」
「邪魔やから置け!」
「置かない」
「置け!」
「置かない!」
「あぶなっ! 相方に向けんなそんなん!」
「そのジャンパーむっちゃかっこいいやん」
「銃向けながら標的褒めんな、なんじゃい急に」
「どうなんよ。人の金で買ったジャンパーで舞台に上がる気持ち。わからんから教えてくれん?」
「は?」
「姉貴も妹も悲しんどったぞ。あれが無いこれが無いって。んでウチ言ったんよ。それ多分愛ちゃんの仕業よって。でもアンタんとこの家族優しいわ~それは絶対ない、愛がそんなことする訳無いって。アンタんとこの家族優し過ぎるからウチが代わりにバラすわ。こいつね! 姉貴のレコードやら妹のシルバニアファミリーお金に変えて漫才しとるんですよ! 家族売って稼ぐシルマフィアファミリーやったんですよ!」
「うまいこと言わんでいいのよ」
「うまいと思うな! ウチの相方ね、人のもん奪って売って人前でご機嫌にしゃべっとるんですよ! こいつね! 犯罪者なんですよ! 警察の方助けてください! ウチの隣に犯罪者います!」
「今の状況やとお前の方が犯罪者やぞ。それ言うんやったらな。アンタんとこのばあちゃんキッシーのファンやろ? 珍しいなあ、あの歳で若い男性アイドルグループのファンって。きっしょいからあれやめさせてくれ」
「アンタ今ウチのばあちゃんのこと言った?」
「言ったよ。言ったね。毎日おんなじ内容のDVD見とるやろ? アンタの家に行くたんび怖いんじゃ。頼むからあれだけやめさせてくれんか」
「ウチのばあちゃんの楽しみなんじゃ! ウチの悪口言うのは構わん! でもウチのばあちゃんの悪口言うのだけは許せん! 殺す!」
「やってみろや。今私が死んだらアンタが犯罪者やからな。それにそれはそれで面白いからお客さんが笑わんでもせめてアンタだけは笑えよな!」
「それのどこが面白いんじゃ! あんな、よう聞けよ。ウチのばあちゃんの悪口言うやつは友人であっても恋人であっても相方であっても地球人であっても宇宙人であっても許せん! やから殺す! アンタを今ここで殺す!」
「宇宙人なめんな。返り討ちに遭うぞ? プレデタータイプ来たら終わりやん」
「ウチが言うとんのはギズモタイプじゃ! ETタイプでトータルリコールタイプなんじゃ! 勝手に戦闘狂い系にすんな!」
「アンタも勝手に可愛い系にすんな! トータルリコールはきしょい系じゃ!」
「可愛い系じゃ!」
「きしょい系じゃ」
「可愛い系じゃ!」
「きしょい系じゃ」
「可愛いんじゃ!」
「きしょいんじゃ!」
「どっちでもいんじゃ!」
「どっちでもよくないんじゃ死ね!」
「うっさいアンタが死ね!」
「痛いのお! アンタが死ね!」
「アンタが先に死ね!」
「いやアンタが先に死ね!」
「いやウチはアンタより先に生きたい!」
「私のがアンタより先に生きたい!」
「生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい!」
「私のが生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい!」
「やったら先に生きろ! ウチも勝手に先に生きる! んで勝手に先に死ぬ!」
 唯は銃口をくわえショットガンの引き金を引いた。唯の体から大きな音がして服が赤に滲み舞台上でぶっ倒れた。
「フィロソフィー! あらしたっ!」
 愛ちゃんが先にはけ、唯があとからむくりと立ち上がってこちら側に向かって手を振る。見てる人らは別に振り返えさず、なぜか拍手もまばらに起こった。
「い、以上、へいわぼけの、喧嘩? けん、喧嘩? 喧嘩! でした! 続いては千代ノ橋ダンス同好会の皆さんです! 張り切って! どうぞ!」

 ふたりはきっと、これからどんどん人前でネタを披露してウケたりウケなかったりを繰り返し、高い高い階段を笑い転げながら上ってく。もっと面白くなって、もっとたくさん人を笑わせて、そのたくさんの人に愛され、たくさんたくさん人と出会い、別れ、また出会ってまた新しい人と出会ってふたりだけの唯一無二のネタをつくっていくだろう。
 ふたりはここじゃないどこかの街の養成所に入る。これはきっと変わらないし変えられない。オレは親父の喫茶店を継がなくちゃいけない。継ぎたくないわけじゃない。できたら唯がこの町に残ってオレと二人で喫茶店を営んで、たまに地元で開かれるお祭りとかで愛ちゃんと漫才して。できたらそういう未来がいいけど、それはもうさっきの漫才を見てはっきりした。唯の隣はオレじゃない。唯の隣は愛ちゃんだ。
 そうだよな。ふたりはこんな小さな町でとどまるようなふたりじゃない。もっと人のたくさんいる街でちゃんとした評価をもらうべきふたりなんだ。オレはそれを止めたくない。ふたりの夢はオレの夢でもあるから。

 唯、なにか掴んでこいよ。本当に言いたいことも言わなくていいこともマイクの前でしゃべり続けてくれよ。それでいつかこの町に帰ってこいよ。帰ってきたらうちの店に寄ってくれよ。ふたりが見てきたどこかの街のたくさんのことをいつもみたいなふたりのテンポで聞かせてくれよ。オレはもうすでにふたりのファンだからその話は笑えるはず。球場でホームランを打てなくてもテレビの前でホームラン級の応援ができるはず。唯、愛ちゃん、この先ずっとずっと、応援してるから。
 でもまあ、告白の話はテレビでやってほしいなあ。愛ちゃんが唯の代わりに話てくれねえかなあ。あれ結構面白いと思うんだけどなあ。だってふたりがあんなに目一杯笑ってくれた日の出来事だからさ。なんか、あれだなあ。あらためて思い出すと、笑らえてくるな、やっぱり。

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