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ウェス・アンダーソン『フレンチ・ディスパッチ』名物編集長追悼号より抜粋

カンヌ・レーベル選出作品。2021年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。この紹介からも分かる通り、二回も公式選出された作品である。このことについて、カンヌレーベルを全部真面目に追いかけている数少ない人間として言わせてもらうと、全体的なレベルはあまり高くないとは言え、二度目の選出は他のレーベル選出作品に対して失礼すぎる気がする。本作品がなかった場合、レーベルの目玉がフランソワ・オゾン『Summer of 85』かスティーヴ・マックイーン『Mangrove』『Lovers Rock』くらいしか無くなってしまうので、恐らくは事務局側に説得された結果レーベル入りが決定されただけだとは思うが(つまり最初から2021年を狙っていた?)、他の55本がカンヌで何らかの賞を受賞する機会を放棄したのに対して、一本だけ、しかもレーベルの目玉が素知らぬ顔で翌年のコンペに入ってしまうグロテスクさというか図々しさには、やはり小言の一言や二言は言いたくなる。しかし同時に、他のレーベル作品の不甲斐なさから、ウェス・アンダーソンが苦手なのにも関わらず"あいつならやってくれるはずさ"みたいな謎の期待をしていた部分もある。だからこそ、今年のカンヌで評判が微妙だったときは心底落ち込んだ。私は1年もの間、何を信じてきたんだ?と。

本作品は、カンザスにフランスの情報を届ける雑誌"フレンチ・ディスパッチ"の編集長が亡くなり、その追悼かつ最終号となる雑誌の記事をオムニバス形式で追っていく物語である。二つのコラムと三つのメイン記事が中心となり、『サラゴサの写本』のように何重にも入れ子になった回想と再演によって語られていく。という枠組み自体は面白いものの、特に関連のない長ったらしい挿話が三つ続くだけで、小ボケも滑り倒し、展開そのものは早いものの入れ子が深くなっていくだけなので内容は薄いし、流れとしてはひたすら鈍重だった。ウェス・アンダーソン的な美学を貫いた豪華なセットも、塵一つないような人工化合物みたいな無機質さが苦手だったのだが、今回は更に窮屈な感じがした。というのも、今回はウェス的世界観を崩せない部分はアニメに変わってしまうのだ(ちょっと違うけど三池崇史『初恋』を思い出してしまった)。ここまで実写世界の中で、アニメなどでしか制御できないような色彩/配置/動きをさせていたのに、結局アニメを出すという選択が全く支持できない。加えて、基本はモノクロなのに、色が必要なシーンだけカラーになるのがひたすらにダサい。全体的に手癖だけで作った映画とした思えなかった。

私が好きだったのは黒板に文章を単語ごとに分解してドヤ顔でカメラに向き直るエリザベス・モスのシーン。これはネタバレだが、彼女はほぼ出てこない。私は彼女がもっと活躍すると願っていた。ちなみに、正式邦題は『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』。

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・作品データ

原題:The French Dispatch
上映時間:108分
監督:Wes Anderson
製作:2021年(アメリカ)

・評価:30点

・カンヌ映画祭2020 カンヌ・レーベル作品

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2. フランシス・リー『アンモナイトの目覚め』化石を拾う女の肖像
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4. デア・クルムベガシュヴィリ『Beginning』従順と自己犠牲についての物語
9. マイウェン『DNA』アルジェリアのルーツを求めて
10. デュド・ハマディ『Downstream to Kinshasa』コンゴ川を下って1700キロ
11. 宮崎吾朗『アーヤと魔女』新生ジブリに祝福を
13. ヴィゴ・モーテンセン『フォーリング 50年間の想い出』攻撃的な父親の本当の姿
14. カメン・カレフ『二月』季節の循環、生命の循環
16. フェルナンド・トルエバ『Forgotten We'll Be』暗闇を呪うな、小さな灯りをともせ
19. ファニー・リアタール&ジェレミー・トルイ『GAGARINE / ガガーリン』ある時代の終わりに捧げる感傷的宇宙旅行
22. ニル・ベルグマン『旅立つ息子へ』支配欲の強い父、息子に"インセプション"する
25. シャルナス・バルタス『In the Dusk』リトアニア、偽りの平和の夕暮れ
26. Pascual Sisto『John and the Hole』 作りかけバンカーに家族入れてみた
27. オーレル『ジュゼップ 戦場の画家』ジュゼップ・バルトリの生き様を見る
29. ベン・シャーロック『Limbo』自分自身を肯定すること
30. エマニュエル・ムレ『ラヴ・アフェアズ』下世話だが爽やかな恋愛版"サラゴサの写本"
31. スティーヴ・マックィーン『Lovers Rock』全てのラヴァーとロッカーへ捧ぐ
32. スティーヴ・マックィーン『Mangrove』これは未来の子供たちのための戦いだ
33. ジョアン・パウロ・ミランダ・マリア『Memory House』記号と比喩に溺れた現代ブラジル批判
35. キャロリーヌ・ヴィニャル『セヴェンヌ山脈のアントワネット』不倫がバレたら逆ギレすればいいじゃない
36. パスカル・プラント『ナディア、バタフライ』東京五輪、自らの過去と未来を見つめる場所
38. ヨン・サンホ『新感線半島 ファイナル・ステージ』現金抱えて半島を出よ!
41. 深田晃司『本気のしるし 劇場版』受動的人間の男女格差
42. Farid Bentoumi『Red Soil』赤い大地は不正の証拠
43. オムニバス『七人楽隊』それでも香港は我らのものであり続ける
44. ノラ・マーティロスヤン『風が吹けば』草原が燃えても、アスファルトで止まるはずさ
45. ダニエル・アービッド『シンプルな情熱』石像の尻を見上げてポルーニンを想う
46. シャルレーヌ・ファヴィエ『スラローム 少女の凍てつく心』体調管理、身体管理、性的搾取
47. Ayten Amin『Souad』SNS社会と宗教との関係性、のはずが…
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50. スザンヌ・ランドン『スザンヌ、16歳』16歳の春、あなたとの出会い
51. ウェイ・シュージュン『Striding Into the Wind』中国、ある不良学生の日常風景
52. フランソワ・オゾン『Summer of 85』85年の夏は全ての終わりであり、始まりであり
53. マグヌス・フォン・ホーン『スウェット』あるインフルエンサーの孤独
54. ルドヴィック&ゾラン・ブケルマ『Teddy』溜め込みすぎた感情が目覚めるとき
55. 河瀨直美『朝が来る』太陽に手を伸ばしすぎでは…?
56. マイケル・ドウェック&グレゴリー・カーショウ『白いトリュフの宿る森』滅びゆく職業の記録:トリュフハンター

・カンヌ映画祭2021 その他の作品

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