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ミア・ハンセン=ラヴ『ベルイマン島にて』ようこそ、ベルイマン・アイランドへ!

2021年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。フォーレ島はイングマール・ベルイマンが『鏡の中にある如く』の撮影地として出会い、後に定住して『仮面 / ペルソナ』など後期作品の舞台となり、最終的に死没地となった小島である。ベルイマンが不動産を子供たちへの遺産としたくなかったことから、現在では管理団体が当時の家や映写室等を購入して島全体が"ベルイマン・アイランド"とでも呼ぶべきアミューズメントパークと化している。ベルイマン邸、ベルイマンの使っていた映写室、『ある結婚の風景』に登場したベッド、『鏡の中にある如く』を撮影した海岸、ベルイマンの墓など実際の場所が何度も登場し、ベルイマン・サファリ(!)の添乗員や管理団体の人がベルイマンの人生を振り返ってくれるので、本当にシネフィル向けテーマパークに遊びに来たかのような錯覚に陥る。特にベルイマン・サファリにはガチオタクのおじさん二人組が乗っていて、主人公トニーに対して"ベルイマンは『鏡の中に…』『冬の光』『沈黙』を三部作と思ってなかったんやで"などと世界的映画監督であるトニーに対して妙なマウントを取ってるなど少々面白い。こういう人ってどこにでもいるのね。

主人公は(上記の通り)世界的映画監督であるトニーとそのパートナーで絶賛スランプ中の映画監督クリスである。二人は子供をクリスの母親に預けてフォーレ島に執筆旅行に来ており、ベルイマンの吸った空気を吸いながらインスピレーションを掻き立てるなどしているが、島に来たから書けなかったものが書けるようになるなんてことは起こらず、クリスは脚本を書き上げられない。そこでクリスは書いた部分だけトニーに相談して突破口を見つけようとし、映画内映画として"フォーレ島で行われる友人の結婚式で昔の恋人に出会う"という物語が展開される。これが本当にただのロマンス物語なので尺を伸ばしたいがために(つまり少しでも長くベルイマン・アイランドにいたいがために)延々と無駄話を続けているだけにしか見えず苦痛だった。

また、本作品では映画史的な業績としては偉大だったベルイマンも6人の女性との間に生まれた9人もの子供たちの子育てには全く関わらず、最後の妻イングリッドの説得でようやく子供たちと再会したというエピソードが語られ、"仕事と家庭の両立は出来ないのか?"或いはより狭めて"尊敬していた映画監督がクズだった場合、それが(個人的な)映画への評価に影響するか"といった問題に言及される。MeTooによって同時代の映画人たちのハラスメントの数々は明るみに出て同じ問題に直面しているが、既に死亡した人物はどう評価すべきか?、それを一般化して"結局どうすればいいのか?"という大きな問題である。恐らくは、ベルイマンとトニーが重ねられているのだが、特に深い議論はされず、人間としてのベルイマンを嫌いなクリスが、ベルイマン大嫌いな現地人を映画に登場させるくらいの甘さで終わらせてしまう。残念ながら上記の問題に対してなんら批評的な態度を取らずにテーマパーク周遊で終わってしまうので、ベルイマンの胸を借りてベルイマンの悪口を並べながらベルイマンを引用して当たり障りのない物語を展開する志低めの観光映画と評価せざるを得ない。

ヴィッキー・クリープスは今年製作または公開の作品に7本も出演している。他に私が観たのは『オールド』と『ベケット』だけだが、『オールド』でも思った"ちょうどいい猫背が能力者みたい"を本作でも感じたので引用しておこうと思う。

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・作品データ

原題:Bergman Island
上映時間:112分
監督:Mia Hansen-Løve
製作:2021年(フランス, ドイツ, スウェーデン)

・評価:30点

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