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カトリーヌ・コルシニ『分裂』フランス、分断を誘っているのは誰?

2021年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。"分裂"とはマクロには格差の広がり、ミクロには黄色ベスト運動による社会の分断を指している。黄色ベスト運動に参加したトラック運転手ヤンは足元で手榴弾は破裂したことで公共病院に担ぎ込まれる。一方、イラストレーターのラフは恋人ジュリーとの別れ話の最中に転んで利き腕の肘を折り、同じ病院へと担ぎ込まれる。二人の価値観はそれぞれ異なるが、手の折れたイラストレーターと足を動かせないトラック運転手という境遇は似通っており、病院内の様々な出来事を時に反発しあいながら、時に協力しあいながら体感していく。というのは、余計な部分を綺麗に削ぎ取って書いてみた文章である。そもそも、私は勘違いでモハメド・ディアブ『護送車の中で / クラッシュ』の病院版を想定していた。同作は2010年のエジプトで政権擁護派と反政権派(軍部支持派)の衝突が起こり、デモ参加者が個人の支持する派閥や信条に関わりなく同じ狭い護送車に放り込まれてもみくちゃにされる話であり、本作品では病院で同様のことが起こると思っていたのだ。しかし、蓋を開けてみると、ラフとジュリーによるしょーもない痴話喧嘩が全体の7割位を占めていて辟易した。これが映画的に何かに繋がるならまだしも、駄々っ子じみた下らない喧嘩をギャーギャー喚くだけなので本当に救えない。ラフとヤンの言い争いについてもだいぶ表層的で、"金持ちがみんなマクロンを支持してるわけでも貧乏人がみんなルペンを支持してるわけでもない"という文言の一点突破だった。つまりラフはマクロンを、ヤンはルペンを支持しているわけではない(っぽい)のだが、じゃあ誰を支持しているとか、どうしてそういう偏見が生まれるのかとか、双方のどこが悪いのかという議論に進むわけでもなく、単にその文言を振り回すだけで終わってしまうのが浅すぎる。

上映後のインタビューでコルシニは、骨折して病院に行ったらめっちゃ待たされて結局翌朝まで待った経験や、黄色ベストの人たちに初めて近付いたことでなんであんなに怒ってるか理解できたみたいなこと言ってて、本当に無理だった。この発言から、ラフやジュリーの立場が鮮明になるわけだが、それってこの前炎上したcakesのホームレス取材記事となんの差があるんだろうか?こんな薄い言い争いくらいで"社会の分断を描きました"とか言われても困惑するしかないし、黄色ベスト運動の人々を明らかに"流行りを知らない金持ちの社会勉強の対象"としか捉えてないような上から目線な、しかもステレオタイプな描き方で一体何がしたいんだ?と。

中盤に病院前で衝突が起こり、催涙弾の煙が病院内に充満してからの展開は中々面白かった、というか病院関係者の仕事風景みたいなのはどれも面白かったけど、それってマイウェンとかが得意そうなお仕事映画×人間ドラマみたいな感じなので、当初の社会の分断云々からは少し外れる感じがして微妙。主人公を当直のキムさんにしていたら、もう少し論点もスッキリする気もするが、それってマイウェンの映画になりそう。

フランス映画だからこの程度の映画でもカンヌ映画祭のコンペに出られるなんてのが私には許せない。特に今年は下らないお友達コンペのために、締め出された新人監督だっていただろう。というか、こういう"監督は有名だけど質が終わってる"映画をカンヌプレミア部門で捌けば良いのでは?正直、カンヌは知名度と権力に胡座をかいているので、さっさとベルリンとかカルロヴィヴァリとかにブチのめされて欲しい。

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・作品データ

原題:La Fracture / The Divide
上映時間:98分
監督:Catherine Corsini
製作:2021年(フランス)

・評価:0点

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