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フランソワ・オゾン『すべてうまくいきますように』さらば我が父、さらば我が娘

大傑作。2021年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。『まぼろし』等の初期長編作品で共同脚本家として仕事をしていたエマニュエル・ベルンエイムの自伝小説の映画化作品。"フランソワ・オゾンが次に何をするかは決して予測できない"というプレイリスト評の通り、特に近作では予測不能なテーマ選びをしている。今回は安楽死についてである。主人公エマニュエルは知らせを受けて病院に駆け込むと、そこには倒れた父親アンドレがいて、突然のことに驚きながら、姉パスカルと二人で交互にアンドレのことを見守っていた。アンドレはお世辞にも良い父親とは言えず、曰く"子供たちの対立を煽るのが好きだった"人物として回想され、愉快犯のように周りの人間で遊ぶ姿はその後の展開でも提示される。今回はエマニュエルを取り立てて、パスカルには冷たく当たり、パスカルの息子ラファエルは溺愛するも、その姉ノエミは冷遇するといった形で人物関係図を振り回していく。それについて、最も振り回されてきて、現在自宅でパーキンソン病と鬱病と闘う母親は、"愛してるから離れなかった"としており、エマニュエルも同様である。

エマニュエルは寝たきりになったアンドレに、殺してくれと言われる。始めは反対するも、父親が頑固であることは昔から変わらず、協力することにする。つまり、安楽死についての映画でありながら、そこへの葛藤や是非について問う作品ではなく、一度決まったプロセスを淡々とこなしていくという作品なのだ。すると、これら淡々とした一つ一つの行動が、例えば必ず本人が薬を飲む決まりがある→次のシーンで本人が麻痺していない左手で水をがぶ飲みする、孫の演奏会に参加するために延期を申し出る→"死を前にすると生きたくなる"ってやつ?→リスケするの忘れてたわと電話が来る、といった緊張感溢れるサスペンスに様変わりしていく。すると、父親の"こいつ何しでかすか分からんからな"という人物像がただの悪ガキではなく仕掛けの一部として機能し始めて、単純だったはずの物語はいつの間にか手に汗握るリアルタイムサスペンスへと変貌する。ただ、サスペンスと不安要素は若干違い、特に機能しない後者も多いので意味不明な寄り道も多少あるのも確か。

印象的だったのは、エマニュエルがアンドレの願いを最初に聴いた時にその手を振り払って以降、アンドレによって不必要に分断された姉妹が手を繋いで連帯を示すシーンが二回訪れることだ。一度目はわざと片方しか画面に収めず、繋いだ手がしっかり画面に入る頃には既に手を離してしまっていた。そして、二度目は、分断を生んできたアンドレによって、再び繋がれていくのだ。また、ふとした瞬間に思いがけない行動をするソフィー・マルソーが良い。椅子に座れるまで回復したのを見て病室のベッドに飛び込んだり、死にそうな顔で夜中にスラッシャー映画観てたり、固いパンを勢いよく噛みちぎったり、一歩間違えると陰鬱になったり不謹慎になったりする絶妙なラインの上で、コミカルさを出すのが上手すぎる。

・作品データ

原題:Tout s'est bien passé / Everything Went Fine
上映時間:113分
監督:François Ozon
製作:2021年(フランス, ドイツ)

・評価:90点

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