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ポール・ヴァーホーヴェン『ベネデッタ』彼女は聖女なのか?奇跡は本物なのか?

2021年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。ジュディス・ブラウン『ルネサンス修道女物語 ―聖と性のミクロストリア』を原案としており、主人公は17世紀の対抗宗教改革期イタリアに実在したレズビアンの修道女ベネデッタ・カルリーニだが、『燃ゆる女の肖像』や『ワールド・トゥ・カム』のようなシスターフッド時代劇というよりも挑発的ナンスプロイテーション映画と呼んだほうが内容と合致している(のでシスターフッド時代劇を期待している人は注意)。ベネデッタは幼少期に自ら女子修道院に入った裕福な家庭の娘で、熱心な信者でもあった。当時は修道院に入るのは激戦だったようで、修道院長フェリシアはベネデッタの父親に対して"金持ちは神の国に入れませんよ"などと並べながら金を巻き上げていくのが興味深い。フェリシアの実利を取る姿勢は経営者のそれと似ていて、あくまで自分の信じた道を突き進んでいくベネデッタとは対照的だ。

ベネデッタは作中を通して数々の幻視を体験する。あるときは白昼夢のような形で、教会の中でヘビに襲われたのを剣を持ったイエスに助けられ、あるときは夢の中で磔刑にあったイエスと出会い、腰布の下に女性器を発見する(後述)。それらは我々も一緒に体験するので、フェリシアを含めた他の修道女に"なんでもかんでも奇跡にすんな、嘘乙"と言われても、一応ベネデッタのサイドに立つことができる。しかし、本当に妄想ではなく神の啓示だったのだろうか?夢の後で現れた聖痕は本当に"奇跡"なのだろうか?彼女が病的に人心掌握が上手いというだけなのか?という部分について、常に疑って掛かる姿勢は興味深い。勝手に皮膚が裂けるわけじゃなく、結局は自分で手に持った陶器の破片などを使って傷を付けているわけだが、それを"自分の意志ではなく神が自分の手を通してやったことだ"とするのは、どこまでが自分の意志なのか、という激烈に怪しい感じは嫌いじゃない。

成長したベネデッタの前に、羊飼いの父親に虐待されていたバルトロメアという少女が現れる。彼女は修道院に入り、幻視を通して暴れまくるベネデッタの世話役に任命され、二人は関係性を構築していく。上記のイエスが女性器を持っている夢は明らかにバルトロメアを意識したが故の夢だが、現実世界で彼女がそこまでバルトロメアに入れ込んでいるという印象は受けない。"人類に対する愛を彼女にも向けている"だとか"彼女を通して世界に愛を示せる"という言い訳がその通りに聞こえてしまうほど、二人の間にセックスしている以上の親しさは見出だせないのだ。上記のベネデッタを疑い続ける姿勢が、彼女との離れた距離感を維持してしまっているせいで、"イエスが女性器を持っている"とか"実在の修道女がレズビアンセックスする"場面を映像化するという挑発以上のものがあまり見えてこない。

当時のイタリアではペストが猛威を振るっており、ベネデッタは神の啓示を受けて街を封鎖するも、フェリシアが密告して連れてきた教皇名代の登場によって封鎖が破れてしまう(コロナとリンクしているのか?)。そこからの魔女裁判的な展開も、完全な男性社会の中で声を上げ、構造を破壊しようとする女性の物語として興味深いが、奇跡は真実なのか?→バルトロメアとセックスしたのか?レズビアンなのか?→ペスト云々と話題がすり替わっていき、最終的に全てが有耶無耶にされてしまうのがあまり上手くないように思える。挑発もナンスプロイテーション的描写も何もかもが過激すぎない範囲に収まってしまっていて、しかも焦点が定まっていないので、正直置きにいってる感じしかしない。

序盤で少女ベネデッタに聖母マリアの木像がぶっ倒れてくるシーンがあり、後にこの転倒及び横になった状態はセックスや復活などとして繰り返される。これは復活やキリスト幻視などとセックスを行為及びモチーフとして結びつけているのだろう。特にバルトロメアとの初邂逅のシーンは、ベネデッタの足に抱きついた彼女が引っ張られてベネデッタが綺麗にぶっ倒れるというコミカルな描かれ方をしていて、正直一番好きなシーンだった。

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・作品データ

原題:Benedetta
上映時間:131分
監督:Paul Verhoeven
製作:2021年(フランス, イタリア, オランダ)

・評価:40点

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