マガジンのカバー画像

ひつじにからまって

152
ひつじにからまっているものがたりたち
運営しているクリエイター

2021年9月の記事一覧

Postal code(404 Not Found)

Postal code(404 Not Found)

「あと三回、遅刻をくり返したら許さないからね」

彼女はずいぶんと譲歩してくれたと思う。あと三回。これは一回目で残りの回数を意識させ、二回目で罪悪感を抱かせる。三回目は許されないことを頭に入れておけば、おそらくまた遅刻するであろうぼくに対する脅しとしては十分に役割を果たした。

「わかってるから大丈夫。そもそもぼくは、困らせたくて遅刻しているわけじゃないんだ」
「わたしを怒らせるためでしょ?」

もっとみる
アクアリウム・ハイウェイ

アクアリウム・ハイウェイ

「アメフラシは体を触ると紫色の汁を噴出します」

打ち付けられた雨がフロントガラスに流れを作り、流れ落ち続けている。ずっと向こうはレインコートの外側を眺めたようにぼやけ、無造作に設置された街灯がなにかしらの星座を形づくっているように見えた。
少し素敵なものだったから彼女に教えようかと思ったのだけど、気まぐれにいろいろな動物を紹介する自然のドキュメンタリー作品にくぎ付けになっていたのでやめておいた。

もっとみる
ゆうやけこやけ

ゆうやけこやけ

ご隠居は山の尾根にちょうど夕陽が沈んでいく様子を眺めることが好きだった。
赤、薄桃、紫と空の色は変わり、あたりをたゆたう薄雲が空の色に合わせて変色していく。

「わたしはね、地上が真っ白であればいいなって思うのですよ」

ぼくはご隠居がどうしてそう言っているのだろうと考える。聞いたところで教えてくれるか怪しいことが一番の理由にはなるのだけど、それ以外にもこの言葉足らずのご隠居がどんな思考をしている

もっとみる
均一な日々

均一な日々

規則正しい生活習慣はぼくを安心させてくれる。目を擦る、カーテンを開ける、布団をたたむ。どちらかといえば生活を維持する人間としては、人間とロボットの区別がつかないほどに均一な日々を過ごしていると思う。

「本日のメニューはAセットでよろしいでしょうか?」

いや、実際ほとんどロボットかもしれない。
朝食に何が出されるにせよ、ただ流行りを食べ続けているし、与えられる業務の幅はあれど受け取ったことをただ

もっとみる
森のポラリス

森のポラリス

天をつく威光を備えた樹冠が青く茂っていた。下へ向かうにつれ、枝の分かれ目があらわれ、浮雲のように葉を漂わせる。

霧が漂えば黒い影となり、そこには鳥すら寄り付くことはしなかった。その枝が許す限りに裾野を広げれば低木は育たず、ツタやシダが親と戯れる子のように繁茂する。

巨大な幹は風をもしのぎ、風の強い晴れた日には日向を譲り合う小鳥の羽ばたきがこだまする。

倒れることを望む森の清掃屋たちはたびたび

もっとみる
やまづくり

やまづくり

山をつくりたいと望む男がいた。

山づくりの仕事は多岐にわたる。
岩壁に流線形の模様を彫り、草を生い茂らせ、川を通す。
どれも自然に出来上がったものからすれば不自然な箇所が見受けられた。

たがねを器用に扱っても、長い年月をかけて鳴らされた形質には及ばない。
種を植えたところで、一朝一夕でシダは成長しなかった。
水量をわきまえていなければすぐに川は氾濫し、ただ溝を作るだけでは水は流れなかった。

もっとみる
ぐるぐる

ぐるぐる

ひとつ巡れば、またひとつ巡る。

「今日は何食べる?」
「時間が解決してくれるでしょ」
「またそうやって、みんな終わらせるために色々と試してるんだから」
「でも、それだって一部の諦めが悪い人じゃない」

循環する時間に空間が耐えられなくなり始めた頃、急にわたしは食べたくなった。

何を食べたくなるかは、時間に固定されたわたしの欲求に任せればいい。何度も繰り返していると、もう何でも時間に任せてしまう

もっとみる
晴れたら

晴れたら

雨上がりだけ会える人がいる。
水溜りをのぞくとあちらの空が映されている。これは秘密だけど、雨の行先を辿ればあちらへの扉があったりもする。

彼女はあちらへ行ったきり、どうやらこちらには戻らないつもりらしかった。ただ、雨上がり後にぼくが見つけることさえできれば顔を合わせて手を振ってくれる。

「元気だよ」
「こっちの夕暮れはときどき薄緑色に見えるよ」
「この前ね、旅行したの」

ぼくだけが知っている

もっとみる
青い春と白い秋

青い春と白い秋

白秋を迎えると、若かったときよりもずっと心が動きやすい気がする。

耳に下げられたひし形のイヤリング。短く切りそろえられた爪は自然色で、飾り気はないけどつやつやして手入れされている。指先は皮が固くなり肉球のようだ。何かに打込んでいる手には表情があり、わたしはそれが気に入った。

「楽器でも弾いてるのですか?」
「え、まあ。はい」

突然に話しかけられた彼女は警戒していて、自分の不躾さに嫌になりそう

もっとみる
星とテントウムシ

星とテントウムシ

星のまなざしがのぞく夜は、芝生の上に暮らすテントウムシに星が与えられる。七つか八つか、はたまたそれ以上か。テントウムシは、生まれてから死ぬまで、自分が背負った星の数を知らない。

与えられる星は、夜空に瞬く星が落とす影だ。それを一匹が背負うには、体に対してあんまり大きすぎるものである。そこで自然のシステムは、星を背負う個体の数を増やして分散することで解決することとした。この依存関係により、たとえ人

もっとみる
あすのそらもよう

あすのそらもよう

その街は、年によって天候がはっきりと分かれていた。雨の日や晴れの日がきれいに一定周期で循環している。ただ、それはひとつの街に視点を絞ったものの見方であり、視野を広げればまた異なる面が現れてくる。

地図を眺めれば、四つの街が隣接している。どれも平野で交通の弁もよく、大きな川が渡されていることもあり、栄え続けてきた歴史が窺える。

過去の天候状況を眺めれば、さらに新たな面が浮かぶ。晴れ、曇り、雨、雪

もっとみる
夏の忘れ形見

夏の忘れ形見

サッカーボールが川原に三つ落ちていた。いずれも潰れ、空気は抜けている。秋口を迎え空気が冷めているせいか、もはや風鈴の涼しい音も鳴らなくなった。

あれは夏の忘れ形見だろうか。夏休みの宿題をやり忘れてしまうような、プールに入り忘れるような。サッカーボールは、これまでの人生でぼくが忘れてきたもののひとつに思えた。

上から眺めると、顔のように見えた。ええと、なんだっけか。シミ、シマ、あとちょっとのとこ

もっとみる
てんびん座ゆき

てんびん座ゆき

「この車両は、てんびん座ゆきの長距離航行専用車です。持病をお持ちの方、体調のすぐれない方のご乗車はお控えください。まもなくドアが閉まります」

ホームにアナウンスが響くと、見送りに来た人々はみんな手を振った。中には大げさに両手を右往左往としている人もいる。見送られる側は分厚い窓越しに赤面しながら、小さく手を振りそれに答えた。あんまりそうやって見送られてしまうと、さすがに恥ずかしいに違いない。家族か

もっとみる
シーベッド・サーバールーム

シーベッド・サーバールーム

サーバーは背の高い木のようにラックに積まれている。機体のひとつひとつがうなるような排気音を垂れ流し、まるで牛がうなっているかのような音をあげている。

その部屋が誰に用意されたのかを知る者はない。
その部屋のものが何をしているのかを知る者はない。

夜中にあげられる熱風の作用でときどき波がさざめいた。
ファンがカラカラ鳴ってみせれば、そこら中になにかがいると思わせた。

タコの影が現れて、サーバー

もっとみる