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アクアリウム・ハイウェイ

「アメフラシは体を触ると紫色の汁を噴出します」

打ち付けられた雨がフロントガラスに流れを作り、流れ落ち続けている。ずっと向こうはレインコートの外側を眺めたようにぼやけ、無造作に設置された街灯がなにかしらの星座を形づくっているように見えた。
少し素敵なものだったから彼女に教えようかと思ったのだけど、気まぐれにいろいろな動物を紹介する自然のドキュメンタリー作品にくぎ付けになっていたのでやめておいた。

「ねえ、アメフラシって不思議な名前よね」
「たしかにね。海って感じがしない。でも森って感じもしないんだよね」
「それに雨を降らせることができるってわけでもないのにね」

普段であれば恋愛映画やアクションばかり見ている彼女は、たまにこうして動物が特集されているものを見たがる。息抜きとしてはちょうどよかった。それも、派手な事故が起きたらしく列が全く動かなくなってしまった渋滞においては。

「あ、触ることもできるみたい」

彼女が指をさしたので、ぼくはつられて視線を向ける。こういうところ、彼女の子供らしい性格が出ているのだけど、運転しているこちらからすればあまりしてほしくはないことだった。
ちょうどぼくが目を向けたとき、ウミウシは紫色の汁を吐き出していた。

「ええ、これすごい色しているね。なんだか気持ち悪いかも」

なかばひとりごとのような彼女の話は、ぼくの返事を待つ前に大体が完結していた。こうされると、ときどきぼくは彼女に必要なのかと不安になる。しかし、そんなことはお構いなしに彼女は振舞っていた。

「アメフラシが雨を降らせることができれば、雨をとめる生物もいるって思ったんだけどなあ」
「でもみて、窓をこうして眺めていると、なんかいそうに思えない?」
「アクアリウム・ハイウェイね。きっと悲しいラブソングなんかが似合うんじゃないかしら」

彼女は少し気分を立て直し、シートの背もたれを倒して大きなため息をついた。


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