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夏の忘れ形見


サッカーボールが川原に三つ落ちていた。いずれも潰れ、空気は抜けている。秋口を迎え空気が冷めているせいか、もはや風鈴の涼しい音も鳴らなくなった。

あれは夏の忘れ形見だろうか。夏休みの宿題をやり忘れてしまうような、プールに入り忘れるような。サッカーボールは、これまでの人生でぼくが忘れてきたもののひとつに思えた。

上から眺めると、顔のように見えた。ええと、なんだっけか。シミ、シマ、あとちょっとのところで思い出せない。

おちょぼ口でこちらを眺める顔には、少しの愛嬌と小馬鹿にした感じがある。それから、なんの捻りもなくただ蹴ってみた。空気の抜ける音がしない代わりに、汚い水と泥とが飛び出してきた。

「なんだよ」

靴に泥がつき、思わず口にしたけれど、おちょぼ口が返事をしてくることはなかった。ぼくは逃げるようにその場を帰宅し、靴を磨いて思い出す。

あのサッカーボールは誰かのもので、その手からほんの一寸離れただけであそこまで泥を吸い、ひしゃげながら育った。残りは僕に見つかるだけだ、このサッカーボールたちは、自分の家の帰り方すら知らない。

返してあげたかったけど、持ち主のことは分からない。それに、持ち主がこうなってしまったボールを欲しがるかどうか。よほどの物じゃない限り欲しがらないだろう。

「あんた、何考えてるの。そんなもの拾ってきて、どうせすてるだけでしょう?」
「でも、そうしないと捨てられちゃうから」
「そんなの当たり前でしょう」

言われていることはたしかなのだけど、ボールの行く末を考えてしまうと悔しくなって拾ってきてしまった。サッカー部でもないのに、何を考えているのだろうか。
でも、これでいいような気がした。少しだけエサはなにがいいだろうかと考えてしまったけれど、すぐに自分がおかしなことを考えていると気づいて恥ずかしくなった。



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