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晴れたら

雨上がりだけ会える人がいる。
水溜りをのぞくとあちらの空が映されている。これは秘密だけど、雨の行先を辿ればあちらへの扉があったりもする。

彼女はあちらへ行ったきり、どうやらこちらには戻らないつもりらしかった。ただ、雨上がり後にぼくが見つけることさえできれば顔を合わせて手を振ってくれる。

「元気だよ」
「こっちの夕暮れはときどき薄緑色に見えるよ」
「この前ね、旅行したの」

ぼくだけが知っている扉の前には、雨上がりに必ず手紙を置いていってくれた。ぼくも返事をするけれど、いずれもひとことだけのやりとりが多い。踏み込んだ話ができなくて寂しい気持ちもあるけれど、少しだけでも彼女の字で言葉が送られてくることが嬉しかった。

手紙は誰にも見せずにしまってあった。彼女の家族は心配していたけれど、彼女が望んだことの邪魔はしたくなかったから。

ぼくらがよく遊んでいた空き地が、大体の待ち合わせ場所になっていた。ようやく落ち着いた彼女との待ち合わせ場所は、もうとっくに誰も来ないけれど、帰ってそれがよかった。

水溜りをのぞけば、今日も彼女がいた。夕焼けを背にして、たなびく風を手で押さえながらこちらに手を振ってくれた。ぼくも振り返すと、彼女は夕焼けを指差す。

太陽が地平線に沈み、きれぎれの雲から地上へ梯子を下ろしているかのようだった。

「そこへ行けば、きみに会えるの?」

届かないことを承知していながらも、ぼくは彼女に身振りを添えて声をかける。伝わったのかはわからないけれど、ふたつばかり頷いて返事をしてくれた。彼女も同じように何かこちらへ伝えようとしてきたけれど、いまいちわからない。もどかしい気持ちがくすぐったくて、楽しかった。

このまま、ずっとこれが続けばいいのに。そんなことを思っていると、あちら側がだんだんと薄くなる。ぼくが寂しそうな顔をしたのか、彼女は呆れたように目を細めて手を振った。「またね」と口が動いたような気がした。

次もまた、こうして彼女に会えるのだろうか。この時間が終わるたびに思わされる。次の雨上がり、もしかすればもうこちらとあちらはつながらなくなっているかもしれない。それが怖かった。

ただ、ぼくには全てを投げうって彼女に会いにいく勇気はない。また、会えればいいな。くすぶる心だけが残っていた。



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