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てんびん座ゆき

「この車両は、てんびん座ゆきの長距離航行専用車です。持病をお持ちの方、体調のすぐれない方のご乗車はお控えください。まもなくドアが閉まります」

ホームにアナウンスが響くと、見送りに来た人々はみんな手を振った。中には大げさに両手を右往左往としている人もいる。見送られる側は分厚い窓越しに赤面しながら、小さく手を振りそれに答えた。あんまりそうやって見送られてしまうと、さすがに恥ずかしいに違いない。家族か恋人か、それとも無二の親友か。これが今生の別れであるというわけでもないだろうに。ぼくは見送ってくれる人がいないことをさみしがりながらもほっとした。

「どうしてしょっちゅう走っている路線なのに、こんなに人が来るんだろう」
「もはやひとつの様式美なんだろ。だからといって、否定をすることはできない。なんせ行き先によっては、往復だけでももう会えないかもしれないんだから」
「このためにコールドスリープをする人もいるんだっけ」
「ああ、恋人たちは遠距離恋愛に時間の要素まで足して、ふたりの時間に帳尻を合わせるわけさ」

ぼくの友人は鼻を鳴らしてそんなことを言った。けれど、彼もまたこの星に彼女を残して旅にでようとしている。どんな気持ちでチケットをとったのか、聞くに聞けなかった。小旅行についてきてくれたことは嬉しいけれど、今ならこの列車のドアから押し出すことだってできた。ただ、ぼくはそれをするつもりはない。

「彼女、待っていてくれることになったんだね」
「まあな。相手の家族とずいぶんもめたけど、家族ごとコールドスリープの費用をまかなうことで納得してくれたよ」
「安くはないだろうに」
「でもたかだか車ひとつが買えるくらいさ。それくらいで納得してくれるなら高くはないね」

友人は軽く言いのけた。そこが彼のすごいところだと思う。
ぼくらの間には、少しの沈黙が流れる。舌を噛めば、旅行の目的のひとつである地元料理が楽しめなくなってしまうかもしれないから。
発射したのか、列車はうなりをあげて少しずつ進んでいく。はじめは見送る人たちの顔がしっかりと確かめられたのに、いつしかちぎられたように過ぎていく街並みを超えて景色はただ絵具バケツを洗っているときのように様々な色が流れていった。

ふと、暗闇に包まれたかと思うと列車は速度を緩めて空の向こう側へ飛び出したことを乗客に教える。

「宇宙にたどり着きました。次の高速航行の準備が済むまでの間、この星空をご堪能ください」

品のいい女性の声がすると、乗客は色めきだって窓外に目を向ける。

「なあ、お前はカムパネルラじゃないんだよな?」

友人は静かに尋ねる。どうしてそんなことをたずねてきたのか。

「ちがうよ。それにぼくら、人の計算が導き出した線路に乗っかっているんだ。ここはものがたりの中じゃないんだよ」
「少し眠る」

ぼくの言葉にうなずくと、友人は背もたれに深くよりかかり静かに寝息をたてはじめた。


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