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Postal code(404 Not Found)

「あと三回、遅刻をくり返したら許さないからね」

彼女はずいぶんと譲歩してくれたと思う。あと三回。これは一回目で残りの回数を意識させ、二回目で罪悪感を抱かせる。三回目は許されないことを頭に入れておけば、おそらくまた遅刻するであろうぼくに対する脅しとしては十分に役割を果たした。

「わかってるから大丈夫。そもそもぼくは、困らせたくて遅刻しているわけじゃないんだ」
「わたしを怒らせるためでしょ?」
「少しでも話を聞いてほしいんだな」
「無駄よ」

彼女との話はときどき難しかった。まったく耳を貸してくれなくなるというよりも、非のある行いに対するぼくの再現性が高すぎるが故に信用を失っていたからだった。そもそも、ぼくらは待ち合わせをするにはあんまり離れすぎているから難しい。合流できた今だって、どうにも時間の遅延が生じているように思える。かといって、約束した時間に起きていないぼくにそもそもの原因があるのだけれど。

「ところで、調子はどうなの。行き詰ってるって話だけど」
「まだ息ならつまってるよ。一体いつになったらこの鼻炎が治るのかって」
「冗談なら結構。今は商いの話をしているの。この通信料金だって安い物じゃないんだから」

急かしてくる彼女に降参して、ぼくはようやく印刷した写真を取り出す。わざわざ道端で広げることも恥ずかしいのだけど、だからといって自尊心にしたがっていると明日の糧も得られない。
光の反射で見えないだなんだと細かい指示をもらってから、しげしげと眺めると「もういい」と言って興味なさげに振舞った。別に商売であるから気にしないようにしているけれど、彼女ははこざっぱりして開き直っているから、あんまりぼくのことを言えたものじゃない。そこのところ、弁えてはいるんだろうけどさ。

「とりあえず、あとで送るよ。切手の承認コード教えて」
「はいはい。端末見てみな」

端末に目をやると、うんざりするほどに長い文字列が表示されていた。家に帰って品物を梱包してから、郵便局でこれを打込んでやらなければいけないことに嫌気がさす。あそこの郵便局のタッチパネルは反応が悪いんだよ。打ち間違えると本当に嫌になっちゃうんだ。

「ありがとう。届いたみたい」
「そしたら、いつもの通りにお願いね。報酬は後日きちんと支払うから」
「はいよ。それにしても面白いね。かつて自分が手掛けたグラフィティを写真に納め忘れちゃったやつを過去の人間が未来に送り込むって。ま、ぼくみたいな人間にも仕事ができるんだからありがたいことだよね」
「あんまり喋んないでよ。あんたは特例中の特例なんだから。未来については口外しない約束でしょ。相応のリスクが伴うこその報酬額なんだし、いたずらに食い扶持をつぶしたくもないでしょう?」
「そうだね、申し訳ない。さて、ぼくは仕事に戻るよ」
「また来週の火曜日にね」

振り返ることが面倒で、ぼくは後ろ手に彼女に手を振った。
そんなことを気にするような人間ではないだろう。なんとなくだけど、彼女からもらうこの仕事はまともなものじゃないような気がする。口外なんてもってのほかだし、ぼくにだってやっちゃいけないことぐらいわかっているつもりだ。

これから郵便局に行かなければいけない。あのタッチパネルと向き合わなければいけないと思うと、すごくうんざりさせられる。ただ、今になってまともな仕事を探そうにもきっと彼女は許してくれないだろう。仕方のないことだけど、ぼくはきっとこれからも、彼女の時間に追いつくまであの郵便局のタッチパネルと向き合い続けるような気がする。


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