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【Forget-it-not】第一話「冷たい風の吹く街で」
【登場人物】
浅倉美春:20歳の秀才女子大生。身長160センチ、真面目で繊細な性格。何やら社会に対して思うことがあるそう。
白雪瑠璃:帝東大学哲学科首席。身長172センチ、完全記憶能力と過去視を有する青い瞳の天才哲学者。物事には常に懐疑的かつ批判的な目を向け、世間の常識に捉われない。
【本文】
人を愛したい、夢を叶えたい、幸せになりたい、だれもがそれを望んでいる。なのにどうして人々は争い
【Forget-it-not】第三十七話「人間は自分のために頑張れるほど強くはない」
私は相も変わらず悩んでいた。しかし、雪乃と話したことで問題に対する解像度は格段に上がった。
私は美春を家に呼び、二人きりの時間を作った。昼、夕、夜と、時間は目まぐるしく過ぎてゆく。湯舟で雪乃の言葉を何度も思い返し、美春に話す意志を固めた。
風呂から上がると、hairdryerを持った美春に促がされ、座布団の上に座らされた。美春が膝立ちになって私の髪を乾かす。
蝶が舞うように彼女の両の
【Forget-it-not】第三十五話「野菜=健康に良いとは限らない」【創作大賞応募分最終】
携帯でcameraを確認すると、陳腐な自動車と覇気のない女性が佇立していた。女性こと摩耶さんは、桜桃のように身を二つに分かつ鞄を携えている。私は塀の戸を開け、彼女を出迎えた。
「おお、君が白雪さん。いや、びびった。これ、あいつらの鞄ね」
鞄を受け取る。
「で、晴嵐って人についてだけど、あの人は美春ちゃんのお姉さんについては何も知らんらしい。正体も契りとやらがあって話せないんだと、守秘義務
【Forget-it-not】第三十四話「神は実在はしないが存在する」
哲学には認識論と存在論というものがある。これらは古代から連綿と受け継がれてきた哲学の二大巨頭とも言うべき問題なのだが、近頃は今一つ盛り上がっていない。
(理由は色々あるが、そもそもそれらを論文にしたためて発表することに意味はないというのが大きい。学問がどこから生まれたのかを考えれば、大衆に還元されない学問――芸術や娯楽もそうだろう――が空中楼閣でしかないのは簡単に分かることだ。たとえば美春が体
【Forget-it-not】第三十三話「日本で哲学が育たない理由」
目を開けるといつも通りの天井が見えた。位置は少し違うけれど。
隣から寝息が聞こえる。
上体を起こして音のする方を見ると、美春が苦し気な表情で眠っていた。近付いて見ると汗が間断なく流れている。
手拭で汗を拭ってあげると、眉間に入っていた力が抜けた。前髪を退けて額と額を合わせて熱を測る。まだ熱は下がっていない。
眼の色が変わったり、奇特なものを視たのだから仕方がない。加えて昨日は寒かっ
【Forget-it-not】第三十二話「時間は実在しない」
皐月のある晩に私は海を見つめていた。
平遠と広がる海原は、鷹揚な音楽を奏でている。重く轟く海鳴りは父の寝息のようで、大地を撫でる波音は母の子守歌に似ている。
この音の始まりはどこだろう。
最果ての波は力なくうな垂れ、又どこかへと旅立ってゆく。それを間断なく繰り返すのが私の知る世界だった。
遠くへ目を向ける。闌干とかがよう青い満月が空と海の境界を際立たせていた。
船はない。灯台や
【Forget-it-not】第三十一話「大切な人を守り通すだけの力が欲しい」
血の気が引いてゆく。
後ろにいた瑠璃があわてた様子で鍵を開け、素足のままに庭に出たので、わたしもつづいて外へ出る。芝のチクチクとした葉と、冷たい砂の感触がやけに鮮明に感じられた。
南南西の空を見あげると、青やかな満月がわたしたちを見さげていた。その不気味な佇まいに、肌がぞわりと粟立つのが分かった。
「これって、まずいんじゃ」
わたしが言うと、瑠璃は苦虫を嚙みつぶしたような顔でうなずく