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小説

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小説的ななにか
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夜の華媚(青い声)

夜の華媚(青い声)

その瞬間、体に馴染む体というものがあることを、俺は改めて感じていた。

沙羅のすらりと長い両足の間にある淫らにねじれた花びらから、とめどなく溢れ出す、さらさらとした愛液を味わいながら、薄い柑桔系のそれの源泉に先端を尖らせた舌を這いまわらせていく。ぴちゃぴちゃと子猫がミルクを飲み干すときのような音を立てながら彼女を責めている時、ふと茂みから立ち上るような淫らな香りが漂ってきた。

『もう、おかしくな

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夜の華媚(朱い涙)

夜の華媚(朱い涙)

粒となり、弾ける玉の汗が二人の体を流れていく残像が好きだった。あたしの名前を呼ぶ兄の必死そうな顔。その顔が見れるのなら、どんな苦痛でも乗り越えていけると思っていた。

兄は、あたしが18歳になった誕生日の朝に、線路に飛込んで死んだ。自殺の理由は今もわからない。最後に肌を重ねたのは、兄が飛込む五時間前だった。

兄とあたしは、血の繋がりは無く、あたしが、17歳の時に父の再婚相手の義母が連れてきた子供

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浮草日記

浮草日記

僕は駅のすぐ側に住んでいる、偏屈な物書き志望の男だ。名前はあるようでない。本名は国籍を有する日本人なので一応あるが、ここに書くことではないので省略する。

駅の構内をぶらつくと、夏でもないし、更には夕刻に入りたての時間だというのにビアホールは人で溢れていた。おいおい、まだ冬だぞ。そんなに飲んで酔っぱらって浮き世の辛さを忘れたいのかと毒付きながら、アクリルの板ごしに中の中年のサラリーマンの群れの、心

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死に語りな猫(下)

死に語りな猫(下)

向日葵の咲かない夏なんてものはないはずだった。

世界の何処かで向日葵は目障りにも太陽を目指して顔を向けるために咲く。

けれど、死にたがりの猫と約束を交わしたあの向日葵はその夏には咲かなかった。

正確に記すならば、約束の次の夏、枯れた向日葵の後に向日葵はやって来なかった。

まるでこの世界から向日葵という種が消え失せてしまったかのように、いや真実それは消え失せてしまったのだけれど。

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死に語りな猫(上)

死に語りな猫(上)

死にたがりの猫が向日葵に登っていた。

「このままその太陽で押しつぶしてくれないか」

枯れかけた向日葵はいいました。

「君の体をこの陽射しで押しつぶしたとしても、それは腐敗するだけだ。君を焼きつくすことはできないし、ましてや消し去ることなど到底無理だ」と。

死にたがりの猫は悔しそうに舌打ちをしながら、それでも向日葵にすがりつき、がりがりと葉に歯を立てました。口の中に溢れる苦い香り。

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Everyday's Fool

Everyday's Fool

「結婚しようか、ただし僕の髪が肩まで伸びて、君と一緒になったら」

某有名増毛メーカーのチラシを持ちながら、僕は彼女にプロポーズした。

父方母方の両方の禿的遺伝子と、普段のストレスで、すっかり薄くなってしまったオデコを撫でながら、彼女は、目を糸のように細くして笑いながら言った。

「それじゃあ、何年も待つことになっちゃうよー。私が、あなたの髪の代わりになってあげるから、一緒に生きていこう」

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眠りながら歩くように

眠りながら歩くように

「あなたの幸せを実らせてください」

最後の日に彼女が選んだ別離の言葉。それは、二人で果たせなかった、不定形の時間を固めて作る幸せというものの結実を願うものだった。

「祈らせてください・・・・じゃないんだね」

なるべく声が固くならないように、優しい顔を作ろうと心掛けてはいるのだが、それもうまくいかない。

「残念だけど、別れるその瞬間に、その約束は多分できないかな」

「約束が欲しい

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日々に混ざって香る

日々に混ざって香る

「蜂蜜を舐めるのって、なんかこう背徳感あるよね」

彼女はそういって、あざとくも熊のプーさんのプリントされたスプーンで瓶の中の蜂蜜をひとすくいした。黄金色、小判なんて実際には目にしたことはないけれど、おそらくは黄金の色であろうその液体をひとすくいした銀色のスプーン。

じゃあ仮にあのスプーンを泉に落としたら、女神様は何をくれるんだろうか?金のスプーン?色で判定するのか、それとも、物質で判定する

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BIRTHDAY-夜の薬-

BIRTHDAY-夜の薬-

「真夜中にはさ、寂しさを溶かす薬があるらしいよ」

「有機溶剤?ラリって忘れたいって事?」

「いやいや、そういう非合法な薬じゃないし、だいたい今更シンナーって。このご時世ならもっと体に害のないクスリが手に入るでしょ」

「クスリは嫌い。」

安奈は、童話のウシガエルのように、ぷぅっと頬を膨らませた。

そのまま膨らませすぎて、破裂して消えてしまわないかと不安になるくらい。消えたがってい

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はじめての約束

はじめての約束

指きりの代わりに、額を合わせて、キスに満たない約束をしたのは、いったい何歳の頃の記憶なのだろう。志田清は、通勤電車の混雑の中で、何処からやってきたのか分からない追憶に苦しんでいた。いや、喜んでいたのかもしれない。ネクタイを締めて、カバンを持って、あとは会社での作業に追われる。そんなステレオタイプな表現がふさわしいルーティンな日常に疲れていた彼にとって、その妄想は、砂漠でのオアシスとまではいかなくて

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ジャック・ランタンの哀しみ

ジャック・ランタンの哀しみ

カボチャのお化けなんて怖くない。
だから、僕は悪戯かお菓子なら、悪戯をされる事を選ぶ。

他人からの干渉を普段は疎ましく思うくせに、そんな時だけは安易な方法を選ばないのは、人に好かれるよりも憎まれた方が楽だという事が心の何処かにあるのかもしれない。それも処世術の一つなのか。

憎しみも愛情も、表裏一体だというけれど、いつしかそれは薄れていく。 どうせ薄れて全て消えうせるのならば、軽く疎まれて

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夜しか泳げない

夜しか泳げない

行為の最中、彼女は魚になったような錯覚を覚える。

水を得た魚というけれど、では彼が水かと問われればそうではなく、己の体と相手の体が交差する場所にあふれるものが海であって、それを求める感情そのものが水源なのだと思う。

海原でどこが海の始点であるのかがわからないように、情欲が先立つのか、世間的に愛と呼ばれるそれが先であるのかを彼女は知らない。考えたいとも思っていない。それでも、そんなことが頭に浮

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ラフレシアなきみ

以前、僕が付き合っていた彼女はこういった。

「スープの冷めない距離なんて言葉でお互いの距離を詰める事を怖がっている癖に、それを認めようとしないのは傲慢よね」と

僕は猫舌だから、冷めたスープでもビシソワーズ気分で戴いてしまえるから別にいいんだけどなと思いながら、彼女の肩を抱いて、それからあたりまえのようにキスをした。

結局のところ、スープが冷めるより明らかな分かりやすさで気分が醒めてしまった彼

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なまめかしい古傷

なまめかしい古傷

体に這う指を、なぜ僕はつかめなかったのだろう。
彼女の指先が震えていたのは、いつだって熱帯夜で、その理由を尋ねることもしなかった。それだけの資格を、僕が持っているとは思えなかったし、あけてしまったパンドラの箱を、閉める術を僕が手に入れられるとは思っていなかった。

いや、そんな微かな震えにさえ、気付けなかったのが、あの頃の僕らの半端な恋愛に与えられたスキルだったんだろう。

片田舎の恋なんて

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