ジャック・ランタンの哀しみ
カボチャのお化けなんて怖くない。
だから、僕は悪戯かお菓子なら、悪戯をされる事を選ぶ。
他人からの干渉を普段は疎ましく思うくせに、そんな時だけは安易な方法を選ばないのは、人に好かれるよりも憎まれた方が楽だという事が心の何処かにあるのかもしれない。それも処世術の一つなのか。
憎しみも愛情も、表裏一体だというけれど、いつしかそれは薄れていく。 どうせ薄れて全て消えうせるのならば、軽く疎まれていた方が、すぐに関心も消えていくだろうし。
美佐子はカボチャを煮るのが好きだった。
パンプキンパイを作るのも、煮物を作るのも、スープの場合でも同じ要領で、同じ鼻歌を歌いながらキッチンに立っていた。
「冬至でもないのに、まったくいつでも君はそんなにカボチャ料理ばかり作って、僕をカボチャ畑の化け物にでも会わせたいのかい?残念ながら、僕は安心毛布に包まれていないと安心できない男の子じゃないよ」
「そうよね。あなたにはあんな皮肉屋なお姉さんはいないし、あたしはお姉さん代わりにあなたを可愛がってあげるほどお人よしじゃないわよ。それに別にあたしの作る料理に文句があるんだったら無理して食べなくてもいいのよ。あたしはあたしの食べたいものを作るし、あなたのために料理を作っているなんて思われたら心外だわ。あたしの主権の侵害だわ」
「やれやれ、ライナスの苦悩が少しは分かる気がするよ」
そんな他愛のない言葉遊びを愛撫代わりに、僕らはいつも抱き合った。
甘い香りの漂うカボチャの入った鍋の中の山吹色が湯気で隠れていく姿を面白そうに見る美佐子の顔を見るのが僕はとても好きだった。
悪戯。運命が行う悪戯は残酷だったり、気まぐれだったりする。一本電車に乗り遅れただけで助かる命があったり、その逆もあったり。
僕がもう一分でも彼女を長く抱きしめていたのなら、僕はこのカボチャの化け物が街に広がりつづけるこの月に、こんな感傷を抱かなく済んだのに。
どうせ悪戯をするのなら、こんなひねくれた僕の方を選べばよかった。 甘いお菓子を取り上げられたのは、僕の方だった。
カボチャの料理が食べられなくなってから、もう三年が経つ。
どうせ悪魔なり魔法遣いの悪戯なら、もう一度彼女の姿を僕に見せてくれないか。そんな思惑が、僕にお菓子を遠ざけさせる。
いつも笑っている顔に見えるカボチャの化け物。
笑顔が固まったような、そんな形。
悲しみは固まってしまっても、笑顔が固まってしまう事なんて現実にあるのだろうか。僕は窓から外を眺めて、街灯に吊るされた化け物に向かって同じように無理に笑ってみせた。
風に吹かれたカボチャの化け物は、ただずっと笑ったまま揺れている。
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