ひじき

遺伝学者。アメリカの研究所でポスドクとして働いています。ひじきが好きです。 The J…

ひじき

遺伝学者。アメリカの研究所でポスドクとして働いています。ひじきが好きです。 The Jackson Laboratory, Maine, USA

記事一覧

リクガメのすゝめ

リクガメを飼い始めてはや7年になる。妻と結婚する前に同棲していてその時にお迎えしたので結婚歴より長い。渡米した当初は親しい友人に預けていたのだけれど、書類および…

ひじき
10か月前
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科学記事の誤訳:ショウジョウバエ vs ミバエ

Fruit flyを機械的にミバエって訳すのやめてもらえませんか、という話。 分子生物学の入門書やら新聞記事を読んでいるとたまに、Fruit flyをミバエと訳しているものが目に…

ひじき
11か月前
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いんよう!第250回の補足という名の論文紹介

いんよう!の第250回で、曜先輩が上げておられたZygotic Genome Activation (ZGA)の論文。たしかに2022らしからぬ発見でワクワクして論文を読んでみた。 Zygotic genome a…

ひじき
1年前
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カエルの子は1/4ぐらいカエル

我が子がついこのあいだ3歳になった。3歳ともなるとずいぶんと個性や主張が出てきた。面白いんだけれどこれまでと違う大変さも出てきて、一方的な保護ではなく互いのやりと…

ひじき
1年前
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生物学的な性について生物学者が色々と思う話

僕はいわゆる生物学者なのだけれど、生物学的性 (biological sex) という言葉に常に違和感を覚える。わりとポピュラーな言葉だしお堅い文章でも使われるのだけれども、何を…

ひじき
1年前
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渡米の思い出とハードロック

かれこれアメリカに来て5年が経ってしまった。Jビザのうちに次のポストを見つけておこうと思っていたのに間に合わなくて、H1Bに切り替えてもらった。それに付随してポスド…

ひじき
1年前
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時差と同時性の話、あるいは地球が丸いという話。

去る日曜日の未明からアメリカでは夏時間が始まった。時計を1時間早めることで活動中の日照時間を長くするのである。11月まで続くのでどちらかというとこれがデフォルトで…

ひじき
1年前

三浦しをん「愛なき世界」と遺伝学の話

三浦しをん「愛なき世界」を読んだ。定食屋で働く青年藤丸くんとシロイヌナズナの研究者、本村さんの物語である。物語そのものの出来や語り口の読みやすさもさることながら…

ひじき
1年前
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生物学者は異世界転生無双できるのか

タイトルそのままである。あるいは自分ができることはサイエンス全体のごく一部なんだという反省である。そもそも転生した異世界がDNAと細胞からなる生物の世界であると仮…

ひじき
1年前

進化学と優生学の話、Coten Radioの感想。

Coten Radioのダーウィン〜優生学の話に関する感想と雑記を書く。 愛聴しているCoten Radioでここ最近は障害の歴史をやっていて、進化と優生学についての回が今週配信され…

ひじき
1年前
8

生物学的にありえないことはありそうにないという話

生物学的におかしい。生物学的にありえない。常套句である。現実の生物学者以外とフィクションにおける生物学者が使う。時折、マイノリティに対して差別的に使われるのを見…

ひじき
1年前

異分野に飛び込む話

共同研究でやった内容で学会発表に応募したら採用していただいた。ありがたい話である。そして異分野のセッションに放り込まれてしまった。恐ろしい話である。 自分の得意…

ひじき
1年前
1

ジャーナルクラブのこだわりの話

ほかの領域のことはよく知らないけれど、生物系のラボではだいたい週1程度の頻度で論文紹介、いわゆるジャーナルクラブを持ち回りでやる。新しいめの論文を1本選んで、背景…

ひじき
1年前
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動物実験の話

新薬の開発において要求されていた動物実験を、FDAが必須項目から外したらしい。日々動物実験をする側の人間だけれども、これは良いことなんじゃないかと思っている。培養…

ひじき
1年前
2

サイエンスコミュニケーションの話。あるいは2022年の反省。

今年は実験中にひたすらゆる言語学ラジオを聴いていた。書き物や読み物中に会話を聴けない質なので、いいポッドキャストがあるとたくさん実験したくなる。論文書きに忙しか…

ひじき
1年前
2

発生/遺伝学者、父になる

妊娠初期とつわりの話 まだ安定期前ではあるものの、妻が妊娠。現在7週目。 妻は絶賛つわりと格闘中。主に吐き気と倦怠感、脱水症状。 日本から妻が取り寄せた育児本に…

ひじき
4年前
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リクガメのすゝめ

リクガメを飼い始めてはや7年になる。妻と結婚する前に同棲していてその時にお迎えしたので結婚歴より長い。渡米した当初は親しい友人に預けていたのだけれど、書類および経産省と格闘した結果無事にアメリカに連れてくることに成功した。ドイツ繁殖個体のヘルマンリクガメなので、ヨーロッパとアジアとアメリカを渡り歩いたワールドワイドリクガメである。

このあいだ動物行動学者のローレンツが書いたエッセイを読んでいたら

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科学記事の誤訳:ショウジョウバエ vs ミバエ

Fruit flyを機械的にミバエって訳すのやめてもらえませんか、という話。

分子生物学の入門書やら新聞記事を読んでいるとたまに、Fruit flyをミバエと訳しているものが目にとまる。このFruit fly、ややこしいことに日本語ではミバエとショウジョウバエという異なる2種に対応している。どちらも果物に群がる小さいハエなのであるが、れっきとした別種であり分類学でもそれなりに離れている。

例え

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いんよう!第250回の補足という名の論文紹介

いんよう!の第250回で、曜先輩が上げておられたZygotic Genome Activation (ZGA)の論文。たしかに2022らしからぬ発見でワクワクして論文を読んでみた。

Zygotic genome activation by the totipotency pioneer factor Nr5a2
https://www.science.org/doi/10.1126/scienc

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カエルの子は1/4ぐらいカエル

我が子がついこのあいだ3歳になった。3歳ともなるとずいぶんと個性や主張が出てきた。面白いんだけれどこれまでと違う大変さも出てきて、一方的な保護ではなく互いのやりとりの中で育てなければならなくなってきた。

ところで我が子の顔は僕に全然似ていない。妻の子供の頃の写真にそっくりなのである。遺伝学におけるN=1なんて何の意味もなさないのは重々承知の上で、それでもずいぶんと中央値から外れてきたなという印象

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生物学的な性について生物学者が色々と思う話

僕はいわゆる生物学者なのだけれど、生物学的性 (biological sex) という言葉に常に違和感を覚える。わりとポピュラーな言葉だしお堅い文章でも使われるのだけれども、何をもって生物学としているのかが全然分からない。

と思っていたところで調べてみるとその違和感に関してちゃんと述べている文章があったので自分で語る必要もなさそうではある。詳しい話はこのあたりとかこのあたりに書いてある。とはいえ

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渡米の思い出とハードロック

かれこれアメリカに来て5年が経ってしまった。Jビザのうちに次のポストを見つけておこうと思っていたのに間に合わなくて、H1Bに切り替えてもらった。それに付随してポスドクからResearch Scientistなる地位になり給料も上がってしまった。助けてもらったのに待遇が良くなった。気を取り直して就職活動をしながら新しいデータを貯めている。人生設計も研究もなかなか思い通りにならないけれど、なんとかやっ

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時差と同時性の話、あるいは地球が丸いという話。

去る日曜日の未明からアメリカでは夏時間が始まった。時計を1時間早めることで活動中の日照時間を長くするのである。11月まで続くのでどちらかというとこれがデフォルトであり、冬時間が用意されているといった方が自然ではある。広い国土のおかげで国内でも時差があるし、年に二回時計が動くので、つくづく時刻というのが人間の定めたものなのだというのを実感する。日本にいた頃はあまり味わうことのなかった感覚である。

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三浦しをん「愛なき世界」と遺伝学の話

三浦しをん「愛なき世界」を読んだ。定食屋で働く青年藤丸くんとシロイヌナズナの研究者、本村さんの物語である。物語そのものの出来や語り口の読みやすさもさることながら、大学院における研究や研究室に対する解像度が異常に高く、研究者としても楽しく読むことができた。愛という抽象的な概念に対して、主に藤丸くんと本村さんのそれぞれの愛の形を中心に、いろいろな関係性の愛を描いていく。ことの顛末についてあれこれ言うつ

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生物学者は異世界転生無双できるのか

タイトルそのままである。あるいは自分ができることはサイエンス全体のごく一部なんだという反省である。そもそも転生した異世界がDNAと細胞からなる生物の世界であると仮定していいのかはさておき、たとえ同じ原理で動く世界だったとしても自分のできることなんて限られている。ピペットとQIAGENのキットがないと何もできない。NCBIがないとアノテーションもできない。もちろんDNAと細胞からなる生物の世界でQI

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進化学と優生学の話、Coten Radioの感想。

Coten Radioのダーウィン〜優生学の話に関する感想と雑記を書く。

愛聴しているCoten Radioでここ最近は障害の歴史をやっていて、進化と優生学についての回が今週配信された。遺伝学を仕事にしていると進化は必然的に触れざるを得ない分野であり、僕も世間の人よりはそれなりに勉強している。していなければ怒られる。すごい進化ラジオの言うところの進化リテラシーはそれなりにある。そういうバックグラ

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生物学的にありえないことはありそうにないという話

生物学的におかしい。生物学的にありえない。常套句である。現実の生物学者以外とフィクションにおける生物学者が使う。時折、マイノリティに対して差別的に使われるのを見たことがある。

生物学的におかしいとはなんなのだろう。生物学に限らず自然科学というのは観察から始まる。見たものを説明するために実験し考察する。ということは目の前にある生物は生物学的におかしくないのである。生物学は観察した生物現象に従属する

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異分野に飛び込む話

共同研究でやった内容で学会発表に応募したら採用していただいた。ありがたい話である。そして異分野のセッションに放り込まれてしまった。恐ろしい話である。

自分の得意なことと誰かの得意なことを合わせて研究を広げるのは、うまく行くと相乗効果が生まれる。自分の分野だともう共同研究ベースが半分以上なのではないかと思うし、たいへん良いことだと思う。人付き合いしないといけないけれど。著者が師弟二人の論文だとか、

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ジャーナルクラブのこだわりの話

ほかの領域のことはよく知らないけれど、生物系のラボではだいたい週1程度の頻度で論文紹介、いわゆるジャーナルクラブを持ち回りでやる。新しいめの論文を1本選んで、背景も紹介したりしつつみんなで論文について議論する。基本的には全員が主論文を読んでいる前提で進む。

どういう論文を選ぶかというところに個人の特性が出る。話題重視のひと、自分の関連分野だけを紹介しつづけるひと、果ては自分の仕事の関連で読んだ論

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動物実験の話

新薬の開発において要求されていた動物実験を、FDAが必須項目から外したらしい。日々動物実験をする側の人間だけれども、これは良いことなんじゃないかと思っている。培養細胞で実験系があるのならそれでやってしまえばいいし、今後はオルガノイドの系も充実してくるだろう。必要なら動物実験をするし不要ならしない、そういう時代はいずれ来る(来た?)。なにも動物愛護の視点に限った話題ではない。

とはいえ、マウスを配

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サイエンスコミュニケーションの話。あるいは2022年の反省。

今年は実験中にひたすらゆる言語学ラジオを聴いていた。書き物や読み物中に会話を聴けない質なので、いいポッドキャストがあるとたくさん実験したくなる。論文書きに忙しかったはずの2022年だけれども、たくさんポッドキャストに逃げていたとも言える。スピンオフ企画のゆるコンピュータ科学ラジオは言語学より少し前提がわかるのでこれも楽しい。

言語学やコンピュータ科学を面白おかしく話していくのを聴きながら、いつも

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発生/遺伝学者、父になる

妊娠初期とつわりの話

まだ安定期前ではあるものの、妻が妊娠。現在7週目。
妻は絶賛つわりと格闘中。主に吐き気と倦怠感、脱水症状。

日本から妻が取り寄せた育児本には非常に分かりやすく妊娠と胎児の変化が記されていた。現在7週目はマウスでいうところのE14.5を過ぎたあたりだろうか。発生生物学者だった頃にさんざん見てきたE13.5も過ぎ、ほぼヒトの形をしたちいさな生き物が妻の中にいるらしい。

胎児

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