リクガメのすゝめ

リクガメを飼い始めてはや7年になる。妻と結婚する前に同棲していてその時にお迎えしたので結婚歴より長い。渡米した当初は親しい友人に預けていたのだけれど、書類および経産省と格闘した結果無事にアメリカに連れてくることに成功した。ドイツ繁殖個体のヘルマンリクガメなので、ヨーロッパとアジアとアメリカを渡り歩いたワールドワイドリクガメである。

このあいだ動物行動学者のローレンツが書いたエッセイを読んでいたらこんなことが書いてあった。

“『飼える』動物の典型的な例は、ギリシャリクガメである。(中略)だが正確にいえば、彼女は「飼われ出した」その日から死にはじめるのである。リクガメが成長し、肥え、愛し、繁殖できるように飼うためには、たいていの都会地ではほとんど実現できないような生活条件をととのえてやらなければならない。”

コンラート・ローレンツ ソロモンの指輪

ローレンツはリクガメについて3年とか5年、あるいはもっと生きる、と書いていてずいぶんと少なめに見積もっているのだけれど、もしかすると当時(1940年代)にUVランプやらバスキングランプの設置というのは一般的ではなかったのかもしれない。ノーベル賞を受賞したローレンツといえどもリクガメの無限の可能性に気づいていなかった。

カメは万年というのは誇張表現だとしても、リクガメって100年生きるんでしょ?と聞かれることは少なくない。実際ゾウガメたちはそれぐらい生きるけれど、我が家にいるヘルマンリクガメは20-25年ぐらいの寿命らしい。ゾウガメに比べるとずっと短いが、それでもそこらへんの大型犬の2倍ぐらい生きる。20年を超えるということは、65歳の定年後に飼い始めても人間の方が先に死ぬケースが多くなる。75歳で引退したらもうリクガメを飼う余地はない。ハムスターを数世代飼うぐらいしかできない。余生をリクガメと過ごそうと思ってももう遅いのである。若いうちに飼うべきはリクガメなのである。

リクガメに限らず爬虫類飼育のありがたい点は数日なら放置できることである。ヒーターを切って暗く涼しい環境にしておけば、数日ならへっちゃらである。変温動物なので涼しければ代謝がうんと低く保たれる。ペットショップの店員さんいわく、雨がふったりしたら野生では活動しないのだから、数日の低温&絶食ぐらい彼らにとっては普通なのだという。つくづく我々恒温動物がカロリーを取り続ける自転車操業をしているのかが分かる。長期チャレンジはしたことがないけれど、5日ぐらい放置するのは実際に何度かやったことがある。愛犬家たちがペットホテルを必死で手配しているのを横目に気軽に旅行に行ける。さすがリクガメ。

リクガメは爬虫類の中でもとにかく飼いやすい。まず餌が野菜。新鮮な野菜さえ冷蔵庫にあればOKである。我が家のリクガメはどうにもグルメなので野菜が新鮮じゃないと食べないけれど、おかげで我が家の冷蔵庫の野菜回転率はカメによって維持されている。鮮度が落ちると人間がおこぼれをいただく。日本なら小松菜が気軽に手に入ったのでいっそう楽だった。アメリカにきてからはなんだかんだでニンジンか強めのレタスが多い気がする。爬虫類も種類によっては生きた虫だとか冷凍マウスを与えるようなので少し大変そうだなと思う。ちなみに僕は仕事でマウスを使うせいで、マウスを餌にする動物は飼わないように通達されている。病気の持ち込みなんかを危惧した結果なのでしょうがないけれど、その点リクガメはマウス研究者にも優しい。

ちなみにローレンツはゴールデンハムスターがいかに素晴らしいペットであるか、筆舌を尽くして褒め称えている。

こいつのように底ぬけに陽気で。おまけにそれをこっけいに愛嬌たっぷりに表現できるものを部屋の中に飼っておけるとは、じつに心たのしいことではないか。私は神が都会に住むあわれな動物好きな者どものためにゴールデンハムスターをつくってくれたのだとさえ思う。

コンラート・ローレンツ ソロモンの指輪

しかしハムスターも齧歯類、マウス研究者は飼うわけにはいかないのである。ローレンツと仲良くなるためにはもうしばらく時間がかかりそうだ。とはいえハムスターなら研究者引退後に飼えるので問題はない。まずはリクガメライフを楽しむとしよう。


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