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本を地図に旅したい

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書評というより、本を読んで自分の生活や考えが具体的にどう変わったか、みたいなことを書こうと思っています。
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記事一覧

とりあえず他者とは、決断するときに「肩を借りる存在」

『他者と生きる』という本を読んだ。

まず印象的なのが「狩猟採集時代」の話。最近流行った『スマホ脳』や『ファクトフルネス』といったベストセラーでは、論の根拠として、狩猟採集時代の人間はそんなことをしていなかった、という話が使われる。

個人的にも、だいぶ前のことだけど、人間は前歯と犬歯と臼歯の割合がこうだから、こういう割合で肉と野菜と穀物を食べるのがいい、と話している人がいたのを思い出す。たしかに

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価値観の土地

「山は沈黙という言葉で語りかけてきた」という表現が印象的な、冒頭の登山の話に引き込まれた。途中で命を落とす確率が何割かあると言われるなかで、あの若さでK2に挑んだ決断に驚かされる。プラン通りにいかず、高度8000メートルの雪山でビバークするシーンはまさに生死の境だ。その体験が、勢いではなく、いったん体の中に入ったものを時間をかけて取り出したような距離感の、端正な文章で描かれている。

小松由佳著『

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人は忙しくない、そう思い込むところから始めたい――バリー・シュワルツ著『なぜ働くのか』

 仕事に悩む人への処方箋、みたいなイメージで読み始めたら、全然違った。目からウロコというか、けっこう衝撃的な話のように思う。

 『なぜ働くのか』の著者、心理学者のシュワルツ氏が焦点を当てているのは「人間に関する理論が人間を作ってしまう」ということ。心理学でいう自己予言成就である。

 例えば、「人間は利己的である」という理論が”発見”され、世の中に広まってしまうと、人間は自分たちは利己的なものだ

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居場所はここだと思うことより、強いものはない――水谷竹秀著『だから、居場所が欲しかった。』

 以前、知り合いの女性が、タイにインターンで行くかもと言っていたのを耳にしたことがある。あれもコールセンターの仕事関係だったのかもしれない。コールセンターは沖縄などにもあり、いかにも東京や大阪の本社にかかっているように思えて、その実、遠い地方に電話がつながっているとも聞いたことがある。それがタイにも広がっているのだろう。アメリカの企業のコールセンターはインドにあるとも聞く。

 『だから、居場所が

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冷静な出発点に立たせてくれる――佐々木芽生著『おクジラさま ふたつの正義の物語』

 以前『ザ・コーヴ』という映画が話題になった。日本の太地町のクジラ漁について取り上げたアメリカのドキュメンタリー映画だ。ドキュメンタリーと言っても、太地町の人々を悪と決めつけ、それに対抗する活動家を正義のヒーローとして描くものである。日本では、ドキュメンタリーとは中立で事実に忠実であるものと理解されているが、海外ではドキュメンタリーも監督の表現方法のひとつで、伝えたいメッセージに沿って撮影・編集を

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個、社会、自然のバランス――宮下洋一著『安楽死を遂げるまで』

 欧米では安楽死を法律で認める国が出てきている。スイス、オランダなどがそうで、アメリカでも州によって尊厳死という名で認められている。とはいえ、どこも全面的にOKというわけではなく、反対論もある。そうしたい人がいるなら権利を認めようという感じのようだ。『安楽死を遂げるまで』というノンフィクションを読んで、そんな世界の安楽死の現状を初めて知った。

 安楽死をしてよい条件や、承認のプロセスもいろいろと

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無意味に目を向ける感受性と、立ちすくむ感受性――岸政彦著『断片的なものの社会学』

一般的な文脈に乗らない「無意味な」ことが妙に心に残っている。そんなことが自分の日常にもある気がする。『断片的なものの社会学』には、社会学者の岸政彦さんが研究などを通じて出会った、一見無意味に思えるような会話ややりとり、それについての考察が書かれている。

例えば、沖縄の歴史の聞き取りをしているときに、外で取材相手の家の子どもが「犬が死んだ!」と叫ぶのが聞こえた。インタビューされている父親は一瞬だけ

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誠実も生きるためのひとつのポーズ――小川さやか著『都市を生きぬくための狡知』

「やってみればわかる」と古着を手渡されたところから始まる。その後、何百もの取引先を抱え、自分の店を持つまでになったというから驚きだ。

アフリカの路上商人についてのフィールドワークをまとめた『都市を生きぬくための狡知』を読んだ。著者の文化人類学者の小川さやかさんは、タンザニアの都市ムワンザで自ら商人となった。

商いは古着の販売だ。古着をまとめて仕入れる卸売商と、それを一般の客に販売する小売商によ

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仕事の好みを可視化すれば、より良いマッチングができる――武藤北斗著『生きる職場』

 仕事の場では個人的な好みを表明してはいけない、という暗黙の意識が自分の中にあった。どんなことでも対応するのができる人のイメージだからかもしれない。均質で安定していることが価値だと思っているからかもしれない。そんなイメージをくつがえしてくれたのが『生きる職場』という本だ。

 東北にあった小さな食品加工会社の話で、著者はその社長である。まだ若く40歳そこそこだ。震災後、大阪に移転して営業を続けてい

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読む人を圧倒しない普通の人の視線――川内有緒著『晴れたら空に骨まいて』

 『晴れたら空に骨まいて』を読んだ。国連機関で働いた体験を書いた本や、バングラデシュに伝統音楽の歌い手を探しにいく本を出している川内有緒さんの新刊だ。キャリアはすごいのに文章は平易で、何かいいなあと思っていたので、この本も手に取ってみたのだった。

 何かいいなあって、具体的に何がいいのだろう?

 国連で働くほどの人の知性に触れたいのかもしれない。芸大から海外の大学院に行って国連に入ったという

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「引き」と「寄り」を兼ね備えたら「深い」のかも

 松田青子さんの短編小説集『ワイルドフラワーの見えない一年』はウィットが効いていた。ウィットというか、アイデアが散りばめられている。いつもメモをしていると、前に読んだエッセーに書いてあったので、そういうアイデアがこの小説にも生かされているのかなあと思いながら読んでいた。

 例えば「少年という名のメカ」。これは映画やマンガに出てくる「少年」キャラ、純粋で周りの人がみんな応援したくなるような「少年キ

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戦争というレイヤーが背景に下がった

 写真家の橋口譲二さんによる『ひとりの記憶 海の向こうの戦争と、生き抜いた人たち』を読んだ。20年かけて作ったというライフワークのような本だ。

 橋口さんは、戦後も現地に残って暮らした日本人を訪ねて話を聞き、ポートレート写真を撮影した。インドネシア、台湾、中国、韓国、サイパン、ロシア、キューバなど、各地にそういった歴史を持つ日本の人が住んでいる。もう高齢になっているこの人たちのために何かしなけれ

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不満はチャンス

 人がうつ病になる前に最も見られる出来事のひとつが、夫婦間の不和だという。『対人関係療法で改善する夫婦・パートナー関係』(水島広子著)を読んだら、そう書いてあった。

 この事実からも、心の健康には家族との関係が重要だとわかる。つまり、家族の関係がよければ、多少の社会の荒波は乗り越えられるということ。対人関係療法とは、そういった近しい他者=「重要な他者」にスポットを当てる心理療法だ。

 配偶者や

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北風より太陽の質問術

 インタビューをして文章を書くことを何度かやってみたら、どんな質問をすればよいかが気になるようになった。飲み会なんかのときでも、どう聞けば話が展開するのか、おもしろい話が引き出せるのか、と意識するようになった気がする。

 『良い質問をする技術』(粟津恭一郎著)が目に留まったのは、そんなふうに質問に興味を持っていたからだろう。自己啓発っぽいんじゃないかと先入観があったけど、読んでみると、実際に誰か

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