読む人を圧倒しない普通の人の視線――川内有緒著『晴れたら空に骨まいて』

 『晴れたら空に骨まいて』を読んだ。国連機関で働いた体験を書いた本や、バングラデシュに伝統音楽の歌い手を探しにいく本を出している川内有緒さんの新刊だ。キャリアはすごいのに文章は平易で、何かいいなあと思っていたので、この本も手に取ってみたのだった。

 何かいいなあって、具体的に何がいいのだろう?

 国連で働くほどの人の知性に触れたいのかもしれない。芸大から海外の大学院に行って国連に入ったという異例の経歴の持ち主で、本当の意味で頭のいい人なのだろう。でも、というか、だからこそか、そのバックグラウンドを鼻にかけるところはない。上から目線で何かを教えてあげようという書き方ではない。同じ目線で語ってくれる感じがする。

 女性ということもあるかもしれない。同い年くらいの女性が書いたものは読んでみたくなる。たんに女性好きなだけだろう、と言われたら反論はないけれども、何となく感覚が近くて共感しやすい。

 同年代の男性はたいてい仕事でそれなりの位置にいて、その立場から語る人がほとんどだ。でも自分の好きな書き手の多くは、キャリアをベースに話をしない。これまで積み上げてきたものの上に立って話しかけてこない。誰かの声に対等に耳を傾け、対等に話しかけてきてくれる。そんな安心感がある。

 この本は死にまつわる話だ。ある女性が亡くなった夫の骨をネパールに散骨しに行く。そんな話を耳にしたところから話は始まる。川内さん自身も父親をなくし、散骨した経験があったのだ。

 とはいえ、散骨事情について解説した本ではない。大切な人が亡くなったとき、その人と自分との関係にふさわしい弔い方があるはずだ。型通りのお葬式を済ませるだけでは何かが違う。そう感じる人たちが、それぞれのやりかたで、死者に向き合った話が集められている。亡くなった人、見送った人それぞれのストーリーを川内さんは丁寧に、かつ「それで、それで?」と身を乗り出すように聞き出して、文章にする。

 世の中にはいろいろな人がいて、いろいろな人生がある。でも、それを本にするのは意外と難しい。特別な人でなければ話題性がないし、ハウツー的な情報がないと価値を理解してもらえなかったりする。でも他人の人生を知ることは、とても価値のあることだと思う。周りの人の本当の胸の内を知ることは、自分が生きていくうえでも貴重な情報になるからだ。

 しかし、人はすぐ近くにいる人の人生もあまり知らない。家族や親戚が人生の節目で本当はどんなことを思ったのか知らないし、職場で机を並べている人の歴史もやはり知らない。日常生活では、人生について話を聞く機会はなかなかない。

 そんななか、人生を聞き出して、文章にして発表したのがこの本だ。死というテーマがあることで、知らない人の人生の話もすっと入ってくる。軽やかだけど深い人生が語られている。

 特別な人が特別である理由を探るような文章ではないし、読む人を圧倒してくる文章でもない。いい意味でみんな普通の人だなあと思う。それは書き手の姿勢によるところも大きいのだろう。

 何かいいなあの何かは、普通の人の視線のことかもしれないと思ったのだった。

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