仕事の好みを可視化すれば、より良いマッチングができる――武藤北斗著『生きる職場』

 仕事の場では個人的な好みを表明してはいけない、という暗黙の意識が自分の中にあった。どんなことでも対応するのができる人のイメージだからかもしれない。均質で安定していることが価値だと思っているからかもしれない。そんなイメージをくつがえしてくれたのが『生きる職場』という本だ。

 東北にあった小さな食品加工会社の話で、著者はその社長である。まだ若く40歳そこそこだ。震災後、大阪に移転して営業を続けている。社長を含む2人の社員の他は、パート従業員。パートさんたちにいかに気持ちよく、効率的に働いてもらうか。その工夫が描かれている。

 まず特徴的なのは「いつ来てもいい」という働き方。

 パート従業員は休みたいときもいちいち会社に連絡しなくていい。むしろ連絡してはいけない。連絡が必要といわれるとそれを負担に感じて、行きたくないけど行かなければ、という気持ちが生まれてしまう。そうすると前向きに仕事に取り組めない。こういった細かい気持ちに配慮した工夫を試行錯誤した結果、効率が良くなり、辞める人も減って業績も上がったという。

 とくにおもしろいと思ったのが、好きな仕事と嫌いな仕事を可視化することだ。他人の本当の好みは意外とわからない。ある人はある仕事をいつも率先してやっている。てっきりその仕事が好きなのかと思ったら、本当は嫌いで、きっとみんなも嫌いだろうからと思い、あえて積極的にやっていた。しかし、実はその仕事が好きで、やりたいと思っている人が別にいるのである。お互いの好き嫌いが見えていたら、よじれは解消できる。もしみんなが嫌う仕事があれば、それは何か改善の余地があるということで、社員の側でやりやすいように変えていく。簡単なことだけど、画期的だと思った。

 ただし、入ってから1年くらいは好き嫌いによらず、ひと通り仕事を経験してもらうそうだ。キャッチーな成功例だけを見ると、自由放任でのびのび働ける職場のような印象を受けるけど、一方でかなり細かくルールを定めてもいる。そして決めたルールは個人の判断で変えてはいけない。変えたいときは必ず合意を得る。そうやって試行錯誤することで、うまくいくルールは何かという経験が得られる。

 嫌いな仕事を放り出せということではない。好みを表明することと、やるやらないは別だ。「やる」という前提で好みを表明すると、うまいマッチングができるのだろう。

 そう考えると、日常生活でも好みを表明しておいたほうがいいのかもしれない。好き嫌いをいうのはわがままなイメージがあるけど、本当はみんなが好みを表明すれば、世の中でより良いマッチングができるはずだ。

 好みを知っておくと、誤解が少なくなる。この会社がやっているのは、誤解を少なくする工夫なのかもしれない。誤解が生まれると疑心暗鬼になり、コミュニケーションにストレスを感じ、わずかなことに膨大な力を使うようになる。業績が上がったのは、コミュニケーションの無駄なエネルギーを節約したから、とも言えそうだ。

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