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アートのお部屋

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#ショートストーリー

アートに満ちた小さな島

アートに満ちた小さな島

その日、ウサギは図書館の閲覧席でじっと画集を見つめていた。何度も手に取った画集なのに、見るたびに新たな発見があり、彼女はその度に心が躍るのを感じていた。

それでも本当のことを言えば、室内で静かに絵を見ているのは少し苦手だった。広い青空の下で元気に走り回るのが、彼女にとっては何よりも好きなことだったから。

「アートを観られる場所は室内だけじゃないんだよ」と、隣に座るカメが言った時、彼女の目がキラ

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ひと足早く夏を先取り

ひと足早く夏を先取り

ウサギは図書館の窓辺で中庭をぼんやりと眺めていた。「もう七月も半ばなのに、毎日雨ばかりね」と、ため息混じりに呟いた。

「早く満開の向日葵に囲まれて、ぱあっと花咲く花火を見上げたいな」と、目を閉じて夏の景色を思い浮かべた。

「任せておいて。分類番号575.98の書架から花火の本を探してくるから」 目を開けると、カメが笑顔で隣に立っていた。

その日の午後、しとしと小雨が降る中、二人は「HANA・

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天の川に寄せる想い

天の川に寄せる想い

その日、ウサギとカメはそごう美術館の「KAGAYA 天空の贈り物展」を訪れていた。星空の写真に囲まれ、その幻想的な世界に引き込まれた二人は、瞬きさえも忘れ、その美しさに心を奪われていた。

作品の中では四季の星座が優雅に瞬き、またある時は、空に浮かぶ月が日本の風景に穏やかに溶け込んでいた。その光景は、どこか夢のような神秘を帯び、まるで物語の一幕のようだった。

「これは北海道のハルニレの木なのね。

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国芳の粋な団扇たち

国芳の粋な団扇たち

しとしとと雨の降る中、ウサギとカメは太田記念美術館を訪れていた。狭いロビーを通り抜け、右手の展示コーナーに入ると、そこは別世界のような団扇の空間だった。

ウサギはじっと展示に見入っていたが、ふと笑顔を浮かべると、「国芳の絵って本当に面白いわね。見て、この猫ちゃんたち!影絵になっているの」と、そっと指差した。

「奈良や平安時代に貴族のものだった団扇は、江戸時代になって庶民の間でも使われるようにな

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北斎のビッグウェーブ

北斎のビッグウェーブ

「この絵だわ」
すみだ北斎美術館の一角で、ウサギとカメは一枚の浮世絵に目を奪われていた。白い水しぶきを纏った大波が、今まさに、小舟を漕ぐ人の頭上に襲いかかろうとしていた。

遠くに見える富士山が、波間からその様子を静かに見守っている。言わずと知れた、葛飾北斎の描く富嶽三十六景の神奈川沖浪裏だ。

絵の中の波はまるで生きているかのように、今にも額縁から飛び出してきそうだった。
「流石は北斎のビッグウ

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