太田記念美術館

【敗者⇒勝者⇒敗者】あまりにも劇的すぎる源義経の生涯 「江戸の敗者たち」③

日本人の古くからの価値観を表す言葉に「判官贔屓」があります。源平合戦で活躍しながら兄頼朝にうとまれ、滅ぼされた源義経が判官の職にあったことから、悲劇的な最期をとげた人物、すなわち敗者に同情して肩を持つ感情のことを言います。 この語源となっている源義経の物語は、『平家物語』などを代…

北斎の波の細部に迫って鑑賞してみた

葛飾北斎の代表作「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」。世界的にも有名な浮世絵ですので、一度は目にしたことがあるかとは思いますが、細かいところまでじっくりと観察してみたことはありますか?大きな波の形はぼんやりと記憶にあっても、船の中にいる人たちの顔まで、覗き込んだことはないのではないでし…

鳥人たちの喧嘩を観戦してみた

先日Twitterにて紹介したこちらの作品。頭がツバメ、体が人間の鳥人ですが、その表情はプロ野球・東京ヤクルトスワローズのマスコットキャラクター、つば九郎をなぜか思い出してしまいます。 この作品の全体はご覧の通り。歌川芳藤(よしふじ)という絵師による、「廓通色々青楼全盛」という作品です…

【オンライン展覧会】コロナ退散祈願!御利益浮世絵展

2021年4月25日より、東京・大阪・兵庫・京都の4都府県を対象にした3回目の緊急事態宣言が発令されました。2020年より続く新型コロナウイルス感染拡大は1年以上経った今でも収まりそうにありません。 時代をさかのぼれば、江戸時代における感染症に対する恐怖は、現代をはるかに上回るものでした。人…

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【おうちで浮世絵】美術館・博物館のオンライン浮世絵情報

2021年4月25日より、東京・大阪・兵庫・京都の4都府県を対象にした3回目の緊急事態宣言が発令されました。各地の美術館・博物館は臨時休館になったところも多く、実際に作品を鑑賞できない状況が増えています。 そこで、おうち時間でも浮世絵を楽しんでもらえるよう、さまざまな美術館・博物館などが…

北斎が自分の孫を「悪魔」と呼んだ話

歴史に名を残すような芸術家だとしても、私生活が順風満帆とは必ずしも限りません。あの葛飾北斎にしても然りです。北斎には素行の悪い孫がおり、70~80代の頃、さんざんに苦しめられていたのです。 北斎の長女である美与は、北斎の門人である柳川重信という絵師と結婚し、男の子を産みます。男の子の…

【オンライン展覧会】浮世絵動物園ー歌川広重「名所江戸百景」

歌川広重が最晩年に描いた「名所江戸百景」。その中から動物を描いた作品8点を選び、他の作品も交えながら、詳しくご紹介いたします。 【購入にあたってのご注意】 ・この記事は有料記事です。1点まで無料で公開していますが、8点全てをご覧いただくためには、無料公開の下にある「記事を購入する…

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北斎は転職して浮世絵師になったという話

北斎が75歳の時に執筆した『富嶽百景』初編の跋文には、「己六才より物の形状を写の癖ありて」とあります。北斎自身が、6歳の頃から物の形を写生する癖があったと語っているのです。物心がついた頃から、絵を描くことが大好きだったのでしょう。 しかしながら、北斎ははじめから浮世絵師を目指してい…

90歳の北斎が、死の間際に望んだこと。

旧暦4月18日は北斎の命日です。 嘉永2年(1849)、北斎は数え90歳となりました。この頃の北斎は、浅草聖天町(しょうでんちょう)、現在の東京都台東区浅草6丁目にある、遍照院(へんじょういん)という浅草寺の支院の境内にあった狭い借り長屋に住んでいました。浅草寺の雷門から、北東に直線距離で1…

北斎が写楽に嫉妬していたかも、という話

東洲斎写楽は、葛飾北斎よりも一世代以上前に活躍したというイメージがあるかもしれません。写楽の活躍が寛政6~7年(1794~95)。北斎の「冨嶽三十六景」の刊行が天保元~4年(1830~33)。その間、35年近くも離れています。 しかしながら、実は、写楽と北斎の年齢はそれほど離れておりません。 写楽の…