美術館とお寺と猫

ミュージアムと古社寺と猫の「さとる」。2024年9月、首都圏から奈良へ移住しました。

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ミュージアムと古社寺と猫の「さとる」。2024年9月、首都圏から奈良へ移住しました。

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ようこそ奈良

 京都行きの新幹線のなかで、この記事を書きはじめている。  キャリーバッグにいる猫のさとるの様子がひたすら心配だが、かまいすぎても落ち着かないだろう。容態を気にかけつつ、おとなしく寝かせてあげたい。  飼い主さんはそのあいだに、本日分のnoteをせっせと綴るとしよう。  長い東京での勤務、そこそこ長い千葉での在住から、一転しての奈良への移住。  わたしの動機はつまるところ「東京は奈良ではない、だから引っ越す」ということになる(?)けども、大都会の人や車の多さ、通勤電車のキツ

    • さよなら東京

      『男はつらいよ』シリーズのなかで最もすきな場面のひとつが、第39作『寅次郎物語』(1987年)にある。  ——甥の満男から「人間は、何のために生きてんのかな?」と、じつに思春期らしい青い問いを投げかけられる寅。  よりによって “風の吹くまま気の向くまま” の寅さんに聞くことか!……と、視聴者は苦笑するとともに、はたしてどんな答えが返ってくるか、固唾をのむ。  この名回答は、じつのところ、それより前の場面でのマドンナ(秋吉久美子)の発言を受けている……というか、いわば

      • 浜町から森下へ 江戸東京さんぽ

         長く暮らした東京を、もうすぐ離れてしまうわたし。  行きたいと思っていて、まだ行けていなかった場所を、少しずつ巡っていく日々を過ごしている。  そんなある日の小さな旅のもようを、今回はお送りしたい。   ■相撲の稽古を見学 ~荒汐部屋  7時30分。旅のはじまりは、都営新宿線の浜町駅。演劇に明るい方であれば、明治座でおなじみだろうか。わたしは、初めて降り立った。  目指すは相撲部屋。浜町駅すぐの荒汐部屋では、道路からガラス越しに稽古を見学できるのだ。  若隆元、若元

        • 吉野と熊野 ―山岳霊場の遺宝― /東京国立博物館

           今年の5月28日から7月15日まで、東京国立博物館の本館14室で開催されていた特集展示である。  それを、いまさらになって引っ張りだしてきたのは……昨晩の大河ドラマ「光る君へ」第34回の、藤原道長らによる「御嶽詣(みたけもうで)」のシーンに触発されたから。よい機会なので、ネタバレを避けつつ書いてしまおうと思う。  山岳信仰の聖地・大峯山(おおみねやま)へ登拝する御嶽詣。「花の吉野」から南へ連なる大峯山系を縦走して、山上ヶ岳の頂(標高1719m)を目指す。 「大峯奥駈道

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          小川晴暘と飛鳥園 一〇〇年の旅 /半蔵門ミュージアム

           奈良国立博物館の斜向かいにある、仏像の撮影に特化した写真館「飛鳥園」。  教科書や観光ガイドに載る奈良の仏像の写真は、たいていがこの飛鳥園の手になるといって過言ではなく、クレジットを目にする機会は非常に多い。寺院・マスコミの双方から厚い信頼を寄せられてきた老舗である。  會津八一のすすめにより飛鳥園を創業した小川晴暘(せいよう 1894~1960)のモノクロ写真を中心に、その跡を継いだ三男・光三(1928~2016)、現在のメインカメラマンである若松保広さん(1956~)

          小川晴暘と飛鳥園 一〇〇年の旅 /半蔵門ミュージアム

          神護寺 空海と真言密教のはじまり:3 /東京国立博物館

          (承前)  全体の3分の2ほどを過ぎた段階で、じつは、仏像はまだあまり登場していなかった。文書に経典、仏画など、紙ものが中心だったのだ。冒頭にお大師さん(鎌倉時代・13世紀 神護寺 重文)がおわしたが、板彫の像であり、平面に近い。  終盤の残り3分の1をたっぷり使って、第5章「神護寺の彫刻」がいよいよ展開されていく。  国宝《五大虚空蔵菩薩坐像》(平安時代・9世紀 神護寺)。  現在の堂内では横並びに安置されているけれど、本展では法界虚空蔵菩薩を中尊、ほか4体を東

          神護寺 空海と真言密教のはじまり:3 /東京国立博物館

          神護寺 空海と真言密教のはじまり:2 /東京国立博物館

          (承前)  東博の「神護寺」展・後半分の展示は、平安貴族の信仰と美意識を反映した、きらびやかな祈りの造形からはじまった。  後期のみ出陳の平安仏画、「赤釈迦」こと《釈迦如来像》(平安時代・12世紀 神護寺 国宝)。  異名のとおり、衣の赤が印象的。衣文線に沿った白くみえる箇所には朱が入っており、透け感のある描写となっている。この赤によって、細緻きわまりない截金の金であったり、身体の肌色が映えるのだろう。  光背の唐草文様もこれまた細緻で、単眼鏡で拡大してみると、近江・

          神護寺 空海と真言密教のはじまり:2 /東京国立博物館

          神護寺 空海と真言密教のはじまり:1/東京国立博物館

           真言宗の古刹・神護寺の創建1200年を記念する展覧会である。  京都の市街地から北へ離れた山中にあり、一般的な観光コースには組み込まれづらい神護寺。京都めぐりが4〜5回めを数える頃、近隣の高山寺とセットにしてようやく訪ねるようなイメージの山寺だ。  教科書でよく知られた日本絵画の名作《伝源頼朝像》(はじめ「神護寺三像」)の所蔵先として、その名を記憶されている方も多かろうと思う。  本展では「神護寺三像」を含む国宝17件が出陳されるが、今月はじめにうかがった筆者は「神護寺

          神護寺 空海と真言密教のはじまり:1/東京国立博物館

          名品でたどる文字文化、書の歴史 /国立新美術館

           日本最大級の規模で催される書道の公募展「読売書法展」。その第40回という節目と、読売新聞の創刊150周年を記念する特別な展示を拝見してきた。  まずは、本編の公募展会場を巡る。  広い展示場が細かいパーテーションで仕切られ、作品がびっしり。なんともまあ、たいへんなボリュームである。書道をする人の数は、茶道人口などと同様に激減の一途をたどっているそうだが、この会場では、そんなことをつゆも感じさせない。  この手の展示にみずから足を運ぶのは、じつは初めて。幼少時に連れられて来

          名品でたどる文字文化、書の歴史 /国立新美術館

          空想の宙「静寂を叩く」  大乗寺十三室 | 十文字美信 /資生堂ギャラリー

           日本海に面する、兵庫県香美町。ここには、円山応挙とその一門が描いた障壁画をまるごと今に伝える寺がある。「応挙寺」こと大乗寺だ。  筆者は、昨年2月に訪問。遠路はるばる向かったのは、いつも収蔵庫で保存されている襖絵が、13年ぶりに本来の堂内へ戻され、3月まで期間を限って公開されていたからだった。応挙らによる空間美をありがたく、じっくりと堪能させてもらった。  このとき、襖絵が一時的に戻されていた第一の目的は、じつは「公開」ではなく、「記録」のほうにあった。高精細のデジタルデー

          空想の宙「静寂を叩く」  大乗寺十三室 | 十文字美信 /資生堂ギャラリー

          殿さまのスケッチブック /永青文庫

           熊本藩主・細川家に伝わった博物図譜を紹介する、今年4月27日から6月23日まで開催されていた展覧会である。  主要な出品資料は、6代藩主・細川重賢(しげかた 1720~85)ゆかりの品。  重賢は「宝暦の改革」と呼ばれる藩政改革を主導した名君であると同時に、動植物や昆虫、魚類などに興味をもち、その生態を細かく記録、深く知ろうとした学究肌な一面があった。  重賢が描かせ、手元に置いた図譜の類を、本展では「殿さまのスケッチブック」と換言。親しみのわく展覧会タイトルであり、リ

          殿さまのスケッチブック /永青文庫

          美術鑑賞・わたしの「7つ道具」:2

          (承前)  前回挙げたこれらに続く、残り4つの “7つ道具” をご紹介。 (4)メモ帳  鉛筆を、どんな紙の上に走らせるのか。  わたしは、このノートを使っている。  クリップボードに大学ノートやコピー用紙をセットして持ち歩いていたこともあるが、展示室で立ったまま書き込むには、大きくて取りまわしづらいと感じた。  一種のあこがれから、コクヨの野帳を使っていた時期も。サイズ感や表紙の硬さがたまらなくよいけれど、いかんせん、こちらは小さすぎた。細かな方眼に引っ張られて、文

          美術鑑賞・わたしの「7つ道具」:2

          美術鑑賞・わたしの「7つ道具」:1

           美術館の展示室でメモをとる。帰宅後にnoteを開いてキーボードを打ち、下書きをする……といった一連の流れが、すっかり習慣化している。  きょうは「美術館の展示室に、どんなツールを持ち込むか?」という視点から、鑑賞のお供となっているわたしの “7つ道具” をご紹介してみるとしたい。 (1)鉛筆(+キャップ)  展示室内で手書きでメモをとる際、鉛筆を使用するのは、各館でほぼ統一されているルール。受付や展示室の入り口に、一般的な鉛筆や、持ち手がプラスチック・先端が鉛筆の芯にな

          美術鑑賞・わたしの「7つ道具」:1

          出光佐三、美の交感 波山・放菴・ルオー /出光美術館

           今年の6月1日から7月7日まで開催されていた、長期休館前の一大シリーズ企画「出光美術館の軌跡 ここから、さきへ」の第2弾。  出光興産の創業者にして出光美術館の創設者・出光佐三が、同時代を生きる作家本人たちとの直接の交流のなかで築いたコレクションを紹介する内容となっている。  タイトルこそ「波山・放菴・ルオー」であるものの、ジョルジュ・ルオーに関しては「特集」としてサム・フランシスとともに若干数が割かれるのみで、実質的には近代日本陶芸の巨匠・板谷波山、抒情と品格の画家・小杉

          出光佐三、美の交感 波山・放菴・ルオー /出光美術館

          復刻 開館記念展 仙厓・古唐津・中国陶磁・オリエント /出光美術館

           今年の4月23日から5月19日まで、東京・丸の内の出光美術館で開催されていた展覧会である。  同館は、入居する帝劇ビルの建て替えにともない、2025年1月より長期の休館に入る。再開館の時期は、現時点で未定。  現体制のフィナーレを飾るべく、同館の歩んできた道のりを、代表的な館蔵品とともに4部に分けてみていくシリーズ企画「出光美術館の軌跡 ここから、さきへ」。その第1弾である本展では、昭和41年(1966)に催された開館記念展の「復刻」を試みる。  ビルのワンフロアにテナン

          復刻 開館記念展 仙厓・古唐津・中国陶磁・オリエント /出光美術館

          川村記念美術館へのいざない コレクション展示

           一昨日の更新で少しだけ触れた、今夏の川村記念美術館での鑑賞について、今回は振り返ってみるとしたい。  千葉の片田舎。どこの駅からも近くはない田園のただ中に、DIC川村記念美術館は立っている。  一本筋の通った20世紀美術の収蔵品や展示企画に加えて、変化に富んだ展示空間、館をとりまく豊かな自然環境、白鳥の泳ぐ広い庭園、レストランや茶席で供されるアートに呼応する食……と、魅力の尽きせぬ美術館である。  川村へ行くには、マイカーやレンタカーがなければ、シャトルバスに頼るほかな

          川村記念美術館へのいざない コレクション展示