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夜の闇に浮かぶ光と影 葛飾応為「吉原格子先乃図」を見て

表参道の太田記念美術館へ、葛飾応為の「吉原格子先乃図」を見に行ってきました。

平日の昼に行きましたが表参道は多くの観光客で賑わっていて活気がありました。
人の波を抜け横道に入り、少し坂を登ると太田記念美術館があります。

実はこの作品を見るのは初めてではなく、3年前に公開された時にも見に来ました。
その時は見に来ている方は疎らで、私の他には数人しかいなく、ほぼ独り占めで作品に向き合うことができました。
とても幸せな時間でした。
応為の作品から放たれる光と影の美しさと西洋画と浮世絵が融合したような独特な描き方に私は虜になり、今後また公開される時には必ず見に来ようと心に誓いました。

今回は美術館へ入ると人が溢れており、入ってすぐの小さな狭い階段はすれ違うのが大変なくらいで熱気があり、前回との違いに驚きました。
今日は独り占めしてゆっくり見ることはできそうにないなと少しがっかりしましたが、それ以上に応為の作品を多くの人が見にきていることがとても嬉しくて。応為の存在が知られ、その作品の素晴らしさが認められてきていることに「あぁ良かった」となぜか親のような気持ちになりジーンときました。

私も3年前に見にきた時まではその存在を知りませんでしたが、葛飾応為は日本を代表する天才浮世絵師葛飾北斎の三女です。自らも浮世絵師として北斎の仕事を手伝っていました。
応為が書いたとされる作品は現時点では数十点しか確認されていません。しかし北斎の晩年の作品には、応為の作品ではないかと思われるものや共作ではないかと思われる作品がいくつかあり研究が進んでいるそうです。

美術館の中へと入ると「吉原格子先乃図」の前にできている人集りが目に入りました。
薄暗い美術館の中で、作品が展示されている壁面からの柔らかな光にその人集りが影になって映し出され、その光と影が応為の作品そのもののようでした。

2度目のご対面となった「吉原格子先乃図」は全体の光と影の構図の素晴らしさはもちろん、遊郭の灯りに照らされた女性たちの着物の色鮮やかさに対比した淡々とした静かな影のある表情や、それを見ている影になっている男性たちのぼんやりと光る紅潮した顔...。
光の中にも影があり、影の中にも光がある。
作品の中にいる人たちの想いまでが伝わってくるような細やかな筆遣いに心が震えました。

絵を描くのが好きで小さい頃から父北斎のもとで学び、同じ絵師である夫と結婚したけれど「自分のほうが絵が上手い」と離縁して北斎のもとへと戻り、家事もほとんどせずに絵を描き続けていたと言われている応為。
父北斎の仕事を手伝い影のようにずっと支え続け、北斎が亡くなってからの消息は今でも分かっていません。

人の影となり生きる生き方を最初はかわいそうだなぁ悲しいなぁと思っていました。
しかしその生き方を深く知るにつれて、自分の好きなものに没頭し、その道を極めるために学び努力し、自分の道を一生涯貫いた凛とした強さに溢れた人であることが分かりました。
偉大な父北斎と共に作品を作り上げていけることは最大の喜びだったのではないかと思うのです。
応為の生き方は決して北斎の「影」ではなく自らを照らす強い「光」に溢れたものであったのでしょう。

「吉原格子先乃図」は数少ない応為の作品の中でも落款(サイン)のある極めて貴重な作品です。
しかもその落款は作品を照らしている3つの提灯にさり気なく描かれています。
生涯のなかで落款を書かない多くの作品を描いてきたであろう応為が、提灯の灯りに自らの名前を描いた時、どのような気持ちだったのでしょう?
小さな提灯に小さく描かれた落款ですがその文字は太く凛としていて美しく、応為の気持ちを、生き方をも表しているように思いました。

そして私は応為の作品だけではなく、凛として自分の好きを極め貫くその生き方にも惹かれているんだなぁと思いました。

今回の展示では「吉原格子先乃図」の隣に父北斎の「羅漢図」が並んでいます。
「吉原格子先乃図」の繊細さと「羅漢図」の力強さがまた両者を引き立てあっていて、父娘の関係をみているようでした。

これから応為の他の作品にも会いに行きたくなって楽しみが増えました。

素晴らしい作品を日本に残してくれた太田記念美術館に感謝です。

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