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月岡芳年 月百姿 〈前期〉:2 /太田記念美術館

承前

 《音羽山月  田村明神》は謡曲「田村」をもとにしている。

 桜の咲く頃、清水寺を訪れた東国の僧は、箒を持ったふしぎな少年に出会う。少年は坂上田村麻呂による清水寺の建立縁起を僧に語って聞かせ、桜の下で舞い踊るなどしてから、境内の田村堂へと消えていった。それを聞いた門前の者は、少年は田村麻呂の化身だったのではと僧に伝える……
 芳年の描く田村麻呂が、桜の散るなかで箒を持っているのは、こういったわけである(なんだかカワイイ)。

 田村麻呂の図像には、出典がある。
 松浦武四郎が、みずからのコレクションから選りすぐりを収録した版本『撥雲余興(はつうんよきょう)』の挿図である。描いたのは、河鍋暁斎。
 そして、下のツイートにもあるように、暁斎の絵のもとになった田村麻呂の像が現存し、静嘉堂文庫美術館「画鬼 河鍋暁斎×鬼才 松浦武四郎」展にて公開中なのだ。わたしも先日、拝見してきた。

《田村将軍肖像》(江戸時代  静嘉堂)

 芳年による田村麻呂の硬直した感じ、動感のなさも、もとの彫像をみれば合点がいくというもの。

  「月百姿」のシリーズ中、最も著名と思われる《玉兎  孫悟空》も出ていた。「月百姿」には、このような中国の古典や伝説に由来する図も含まれている。

 衣を翻すサルの身軽さ、ひょいと跳ねるウサギの敏捷性がよく感じられる一枚。目を引く洗練されたデザイン性だけでなく、キャラクター的な親しみやすさ、かわいらしさもあり、人気が高いのがうなづける。
  「月百姿」100点のうち、動物のみを描くのは、老いぼれのオオカミが川べりに立つ《むさしのゝ月》のただ1点。
 本展のポスターにもなっている《吼噦(こんかい)》はタヌキを描くが、身体は人間に化けている。そしてこの《玉兎  孫悟空》の孫悟空もサルといえばサルだけれど、純粋な動物とカウントしてよいものか怪しい……ゆえに、厳密には1点だけだ。
 いずれにしても、動物が主体のこれら3点は、シリーズ中でもとりわけ異色な作といえるだろう。


 ——芳年「月百姿」シリーズから、前期展示では51点を出品。後期は残り49点と目録との全入れ替えとなる。
 その他にも、同じ版元が企画した、芳年の門人ふたりによる揃い物・新井芳宗「撰雪六六談」と水野年方「三十六佳撰」を併せて展示。それぞれ「雪」「花(=美人画)」をテーマとしており、芳年の「月百姿」と合わせて「雪月花」をなす。
  「月百姿」だけを一気に100点という手もあったのかもしれないが、それではスペースが足りなかったのではと、会場の感じから思われた。こちらの方式では周辺作例まで見わたせ、師弟や兄弟弟子の比較もできて、より楽しい。
 それに、「月百姿」の各図が表している物語、描写の意図や意味するところを理解するためには、キャプションをしっかり読んでいく必要がある。そういう意味でも、点数や作品どうしの間隔にゆとりをもたせたこの方式が好ましいのだろう。
 前後期、どちらもかよいたい展示である。

身軽で敏捷な動きをみせる(大嘘)、わが家の猫・さとる



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