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オリジナル連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その83

83.   ビッグスターはみな四畳半からスタートするものだ


もう朝刊の時間か。

私はコタツの中にいる。
中に潜ってはいない。
ひとりだから潜らない。
もし向かいに女の子が座って居たら
潜らなければならない。


私は腰から下をコタツに入れ
お尻から上は座椅子にもたれている。
そして両腕にはめずらしくギターがある。

気持ちが弱くなるとギターを
弾かずにはいられなくなる。


わずかなレパートリーを弾き終えると
適当なコードを弾く。


「おや?今のはなんだ?ふんふんふ〜ん♪」

「いや、ふんふふふ〜ん♪だったかな。」

「ふんふんふふ〜ん?」

良いメロディーが頭の中に流れた。
それをギターで弾いてみるけど
同じ音にならない。

「あれ?おかしいなぁ。Dじゃないのかな。Bmにしてみるか。ジャ〜ン♪んー。ちがうなぁー。」

悩みながら
何度も何度も同じフレーズを繰り返す。
忘れないようにテープレコーダーに吹き込んだ。
譜面が書けないからだ。
もう一度録音ボタンと再生ボタンを同時に押した。

「あー、あー、あー。よしっ!今日は12月の・・・えーっと、10日か。
聞いてるか?真田丸?ワン・ツー・スリー・フォー・ジャ〜ン♪」

こんな調子で未来の自分に歌を残す。
恥ずかしい自作曲が
カセットテープの中に残っていく。

そしてコタツの上に広げたノートに
ギターのコードと歌詞を書く。
誰にも読めない字で。

これは良い出だしだ。
良い曲になりそうな予感がする。
この曲が完成したら私も
売れっ子になるに違いない。


天才ってこんな感じなんだろうな。
どんなビックスターも最初は
江戸間の四畳半の風呂無しの、
窓無しの部屋からスタートするものだ。
幸いにも私の部屋には窓がある。


この部屋もいずれ私がビックになった時に
テレビ局が取材しに来るに違いない。
その頃には私はニューヨークの豪邸の
プールサイドで日光浴をしながら
その放送を見て過ごしていることだろう。
美女に囲まれて。

隣人たちの部屋からドアをバタンバタンと
開け閉めする音が聞こえてきた。
トイレを流す音も。
まるで壁など無いかのように
鮮明に聞こえてくる音たち。
つまり私の恥ずかしい音も
向こうに丸聞まるぎこえということだ。
気にしない。気にしない。
いや、まったく気にはならない。
やつらはテレビを見ているに決まっている。
私の戯れの雑音なんか耳に入らないだろう。

坂井の部屋のドアをノックする音が聞こえた。


「おー。」


ノックの音に返事した坂井。
そして今度はすぐに私の部屋の
ドアの前に影が現れる。
背の高いシルエットがすりガラス越しに見えた。


こうやって毎朝いつも竹内は
私達の部屋を順番にノックしてくれる。


「おー。」


私も返事をした。
シルエットのまま竹内は無言で
ノックだけをして階段を降りていった。
優しいやつだ。

私は立ち上がった。


おやっ?
頭が軽いぞ!首元が寒いぞ。
そうか。
髪がサラサラになっていたんだった。
忘れていた。


でもこの軽さが普通なのかもしれない。
私のメデューサたちは非常に重たかった。


戦いにはいつも重装備の私だ。
無駄な荷物を背負うのが大好きなタチ。
いつでもリュックを背負うタイプ。
自らの体をいじめ倒す。


そうして私はずっと修行をしている。
無駄ではない。亀の甲羅のように見えるだけだ。
これで配達も早くなるに違いない。
楽しみだ。


お店に向かった。


私の顔をじーっと凝視したまま
何も言わないまっつんが
薄暗い自転車置き場の一番奥で一人
しゃがんでいた。
これは改めて自己紹介が必要なようだ。
私は手を上げて言った。


「おいっす。真田だ。」

「げっ!誰かと思ったら真田くんじゃ!なんだその髪!女かと思った。」

サラサラのロングヘヤーを金髪にして
もうすっかり背中の半分くらいまで伸ばしている
女のような後ろ姿のまっつん先輩に女のようだと言われた私。
負けを認めよう。

「いやぁ、後ろから見た女性っぷりは完全に負けました先輩。そらぁ男にナンパされますよね。」

「そうそう。あれは参った。こっちが顔を上げた瞬間『ゲッ!男かよ!』だもんね。」

「そうかぁ。なるほど。じゃあ『男だと思ったら女だった』だと『ゲッ!』にはならないってことか・・・・」

「へ?」

「いや、じゃあ、えーっと『今日は晴れだと思ってたら雨だった。よりも、雨だと思ってたら晴れだった。』のほうが嬉しいってのと同じ感じ?」


私の脳はこの時間、こんな感じにうねりとくねりを見せる。
曲がり曲がってもう戻ってこれないくらいに。
でも大丈夫。寝たら少しの間は治る。


「もっと例えるなら、
『焼肉だと思ったらコンニャクだった!』とか
『50円玉だと思ったら5円玉だった!』とか
『コーヒーかと思ったらめんつゆだった!』とか
あとは・・・」


「なんや、俺はハズレか!」

その時、ヌッと視界に誰か入ってきた。
誰かが私の横で止まる。

「カツラ?」

しーちゃんの声が右耳の入った。
そして私の真横から上半身だけを
前に曲げて私の顔を覗いてさらに言った。

「それとも今までのがカツラだったのか?」

それを聞いたまっつんがニンマリとした笑顔で笑う。

「はっはっは!いや。これもまだカツラかもしれへんぞ。早く取れ!」

私の頭を持ち上げるまっつん。


「いててて」


タッタッタッタ。


階段を降りてくる足音が聞こえた。
ひとり分。
由紀ちゃんだ。


「おはよー」

下を向いて靴を履きながら
朝の挨拶をする由紀ちゃん。


靴を履き終えて顔を上げて
やっとこちらを見た。
私の顔を見た。
あれ?
全く表情を変えない。
いつも通りの顔をしている。


私には全く反応せずに
すぐにしーちゃんのほうを向いて
何か言おうとして、
口を半分開けたその瞬間だった。
勢いよく顔を私のほうに戻した。
可愛らしい二度見である。


「さ、真田くんやん!」


私は照れくさくなって下を向いて言った。


「はいぃ。いちおう真田ですぅ。」


小さく笑っているまっつんの横で
しーちゃんが言った。


「あれ?本城の髪型・・・」


「えっ?なんか変?」

そう言いながら由紀ちゃんが靴のつま先を床で
トントンと整えながらこちらに歩いてきた。

「ううん。真田丸お前・・・もしや・・・」


由紀ちゃんから私へと視線を動かすしーちゃん。


「本城の顔写真か何か持ってって『こんな感じにしてください』って言ったんじゃないか?」


みんなが私を見た。

「お、!ほんまやな。そういえば、なんか感じが似てるぞ。」

まっつんも、しーちゃんも
私と由紀ちゃんを見比べる為に
首を右に左に振っている。

どうやらバレたようだ。


私は由紀ちゃんの髪を見た。
感じが似ているだけで
由紀ちゃんの髪はツヤツヤでまとまっている。
私のはパサパサだ。

少女漫画のような
あの黒目に白い光がふたつほどある目に
なっている由紀ちゃんの両目。


私のうねりくねった心が
とぼけたセリフを吐いた。

「いや、俺のほうが先にこの髪型だったんじゃないかなー」

「うそつけ!」
「うそつけ!」

しーちゃんとまっつんがハモる。
ふたりはよくハモる。
きっと私のせいだ。

「たぶん、同じ美容院に行ったからじゃない?」

素直で優しい由紀ちゃんが
しーちゃんに向かって言った。


「ほう。あの恵比寿の?」

「はい。」

私が答えた。

「じゃあ本城にもらったクーポン券で半額になったんだな。良かったな。」

「えっ!!半額?!しまった!そんなこと書いてたっけ?」

「あ、ボラれたな。」


キキキーッ♪

「おーい!新聞来たぞー!」

篠ピー先輩の声がした。
朝刊が来たようだ。
みんながお店から出てきて新聞を取りに行く。

「ぬわ!真田くんじゃん!」

「竹内か。もう驚かれ慣れたから大丈夫だ。もっと頼む。」

「なにそれ。」

「うお!真田くんだ!」

「坂井か。同じ所に住んでるのに全然顔合わせないな、ふたりとも。」


さらに後ろから声がした。


「えっ!誰?わたるくん?」

「わ、わたるぅ?誰ですかそれ?ゆ、優子さん、おはようございます!僕わたるです。」

「えっ?あっ!真田くんじゃん!全然分かんなかったよ!後ろからだと。いや、かっこよすぎて分かんなかったよ!髪切ったんだねー!」

「いや、そんなー。照れるなぁー。」

後ろからだけでも男前の部分が出来たのだから
照れて当然である。

「おー、ホントだな。わたるみたいだな、志賀。」

篠ピー先輩がなぜかしーちゃんに言った。

「ぜんっぜん似てないです!」

しーちゃんはそう言いながら、
持っている重たい新聞を  
わざと私にぶつけてから言った。


「ちょっと、どいて!」


急に不機嫌になって
お店の中に入っていくしーちゃん。
一体なんなんだろう。


私は自分の前でトラックから新聞を受け取るのを
待っている由紀ちゃんの頭部に視線を戻した。


由紀ちゃんが顔半分だけ後ろを振り向いて言う。

「わたるって先輩の彼氏だよ。確かに真田くんと背格好は似てるかも。」

「マジで?」

「うん。髪型もそんな感じだしね。その髪だからきっと似てるんだね。」

そうか。
向こうは天然のサラサラヘアーなのか。
私は人工のサラサラヘアーだ。


「ほい。あと2つだ。ねえちゃんが持っていくのか?」


トラックの運転手さんが荷台の上から言ってきた。
おっと!これは男の見せ所というやつだぞ。
私は由紀ちゃんの前に体を乗り出して言った。

「いえ、僕が行きます!」

2つとも取ろうと両手を伸ばした瞬間、
私の左手に由紀の両手がおおかぶさった。

「1個ずつしよう真田くん!」

左手が温かい。

「いや、俺は男だから2つとも行くぜぇ!」

「いいよ。仲良く1個ずつしようよ。私も新聞もう1個要るし。」

「いや、じゃあ俺が由紀ちゃんの区域のところまでこれを持って・・・・」

「ウォッッホン!」

トラックの荷台の上で咳払いする運転手さんと
私たちの背後に並んでた者たちが
一斉にシラケて背中を見せた。

でも私はずっとこのやり取りをしていたかった。
し足りない。


そうだ!
もう新聞なんて道に投げ捨てよう!
手だけを握りしめ合う二人。

「真田くん。手ぇ握りしめすぎだよ。痛いよ。」

「ご、ごめん。」

「でも真田くんの手、あったかい。」

「由紀ちゃんの手もあったかいよ。」

「新聞じゃなくて、私をお姫様抱っこで部屋まで運んで。」

「なんと!いいのかい!」


そんな妄想をしながら新聞にチラシを挟んでいた。
気が付けば、誰も居なくなり
私は出発が一番最後になってしまった。


そしてそれはいつものことだった。

〜つづく〜

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