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オリジナル連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その85


85.   ギターリストが魂ではなくギターそのものを売った日


クリスマスはみんなでカラオケに行った。
私がみんなのリクエストに応える形で盛り上がった。
由紀ちゃんがJUDY AND MARYの
そばかすを歌ったときは声がそっくりすぎて
みんなびっくりしていた。


由紀ちゃんにあげたクリスマスのプレゼントも
由紀ちゃんからもらったクリスマスのプレゼントも
両方マグカップだったので、ふたりで笑った。



お正月もみんなで神社に初詣に行った。
念願の浅草だ。おみくじは末吉。
全てが中途半端な私にピッタリのくじだ。
ビールで酔った私は人混みで酔い、
風に当たれる場所を探して歩いていたら
川の上に浮かんでいる船を見つけたので船酔いもしておくべきか
みんなに聞いてみることにした。



「なんか普通の日常の川に船が浮かんで見える。俺だけか?」

「えっ?どこ?」

優しい由紀ちゃんが言った。

「あそこ!」


指を船に向けて指しながら顔は下を向いた。


「あー!ほんとだ!すごーい!」


私と由紀ちゃんで盛り上がっている姿を
両手をポケットに突っ込んで歩きながら
微笑ましく眺めているしーちゃんとまっつんの先輩二人。


「しゃーないなぁ。乗るかぁ。」


まっつんは乗った事があるような口ぶりだ。


「どこに行くんやろ?」

看板に書いてある何かを全く読まずに質問する私。


「いや、またここに戻ってくるんだよね。これ。」

しーちゃんも乗った事があるようだ。


「水上バスって書いてあるよ。バスなんだね。」

どうやら由紀ちゃんは初めてのようだ。


四人で船に乗り込んだ。


隅田川を下り、東京湾まで出てまだ浅草まで戻る。
川から見上げる東京がなんとも良い。
良い東京見物が出来た。


どんどんとお小遣いが減ったがしかたない。
みんなとの最後の思い出作りだ。
もう由紀ちゃんに誘われたら断るわけにはいかなかった。


1月も下旬になった。
もうイベントはないだろう。
あとはカナダ行きに集中して・・・
バレンタインか!
いや!もう財布の紐を
ギュッと締めないといけないぞ!
お金の計算をもう一度ちゃんとしておこう。
真田部長は居るだろうか。

性懲りもなく私はまた紙にお金の計画を書く。


あと新聞配達員の給料が3回。
2月5日と3月5日と4月5日だ。
最後の1回は4月5日。もう東京には居ない日だ。
いつもらえるのだろうか。郵送かな。
どちらにせよ、そのお給料は丸々取っておいて
カナダへの飛行機代に充てよう。


あと必要なお金をまとめて書いた。


①足りない学費の支払い  12万6400円
②大阪までの交通費    1万円
③大阪までの引っ越し代  3万円
④カナダへの飛行機代   8万円
⑤カナダでの最初の生活費 10万円

こんなところか。


あと3回分のお店のお給料と
あと2回分のバイトのお給料で、
なんとかここを脱出しよう。


あとのカナダへの飛行機代と
カナダでの生活費は、いったん大阪に帰ってから
遮二無二アルバイトするしかない。
運送屋で毎日働こう。

いつもお世話になっている日雇いの運送屋さんが
近所にある。
またお世話になろう。


1日8千円くれるから
22日働けばよいとして、
ギリギリ4月の末の出発になるな。
確か佐藤さんは4月中に出発してと言っていたはずだ。
これで行けるぞ。


よしっ!燃えてきたぜ!
切羽詰まらないと燃えない私。


まずは、えーっと、
例の【12万6400円だー!】
   【12万6400円だー!】
    【12万6400円だー!】
          ・・・・だー
           ・・・・だー
            ・・・・だー
を払わないといけない。


貯金はまだ無い。



真田部長は責任を取って辞表を出したようだ。
自分で計算するとしよう。



お店のお給料3回分から3万円で9万円の貯金。
やっと押入れの靴箱の出番だ。


あとはバイト代か。
いったい何日くらい入ったのだろう。
バイトした日に丸を付けているカレンダーを見た。
丸よりもバツのほうが目立つ。
丸を大きく数えることにした。


「ひとぉーっつ!ふたぁーっつ!」


窓をあけてみた。


「みーっつ!よーっつ!いつーつ!」


外のお寺の住職にまで聞こえるように叫んだ。
この後2月いっぱいまで入る予定のバイトの日数も足した。
2月いっぱいで辞めるつもりだ。
もちろん今までもらった分は綺麗に鮮やかに使い切っている。
私が計算しているのはこれからもらう分だけだ。

丸を数え終えた。24日間か。
今後は遅刻しないとして
1日分が3200円だから掛けることのぉ・・・


「76800円か。大丈夫かな。」


私は一人で会議をしている。
眠気が襲ってくる。


さっきの9万円を足すと・・・16万6800円!
そ、そんなバカな!
ギリギリすぎだ。
さっき書いた必要なお金の項目の①②③を足した金額と
ほぼ同じじゃないか!
大阪に着いた時に400円しか余らない・・・



缶コーヒーを4本飲むか。
缶ビールを2本飲むか。
ワインを1本飲むか
悩む。


少しくらい余裕がいるのではないだろうか。
道中の飯代くらい必要なんじゃ無いだろうか。
私はもう大人だからその事に気が付いた。


どうしたものか?

外の景色を眺めながら考えた。
バイト増やすかな。
いやもう体が悲鳴をあげている。
新聞配達してからのバイトはゲオルグ戦並みだ。
ずっと眠い。
寝ても寝てもまだ眠い。
ビールを飲まなくてもいつの間にか眠っていた。
結局バイトを休むくらい寝てもまだ眠い。
気持ちの問題なのだろうか。
一体どうなってるんだ。


私は窓に近づいて下を眺めた。
普段目にも入らないお寺が金ピカに見えてくる。
助けてくれる窓口なるものはないのだろうか。


その時、
敷地の入り口から一般の人が入ってきた。
手に握りしめていた何かを投げて手を合わせて拝んでいる。
あ、あれか!あの箱はたしか・・・
いや絶対にダメだ。
それだけは考えてもいけない。ダメダメ。
盗っ人だけは絶対にダメだ。
前科者は海外に行けないと聞いたことがある。
海外に行かなくてもダメだ。


しかし、よく見たら金目のものだらけの
お寺は目に毒だった。
私はそっと窓を閉めた。


自分の部屋を見渡した。
金目のものはないか?


テレビか。
冷蔵庫か。
売れるだろうか。
あとはギターとアンプとドッグイヤーだらけの本。
商売道具に手を付けてしまおうか。
売ったらいくらになるのだろうか。


またカナダでお給料入ったら買ったらいいしな。
カナダ産ってかっこいいよな!
よしっ!
今持ってる物を全部売ってしまおう!
そうすれば引っ越し費用も浮く!



私はさっそくギターとアンプを抱えて
リサイクルショップへ向かうことにした。


実家にもう一本年季の入ったギターがある。
私の選手生命は断たれないはずだ。


新宿まで行くバス代ももったいない。
ここはお店の配達用の自転車を借りるとしよう。


日曜日のこの午前中のお昼前の時間なら
みんな寝ているはずだ。
ギターをケースに入れて肩に担いで
重いアンプを持って、お店まで歩いた。


薄暗いお店にそっと入る。
やはり誰も居ない。
よしっ!今だ!
いつもの自分の自転車にアンプを積んだ。
そして自転車のスタンドを
そっと音を立てないように上げた。


「ガッチャーン!!」


いつもよりも大きな音が出てしまった。
大丈夫。誰も来やしない。
一度自転車をお店の外まで出して停めて、
壁に立て掛けてたギターを背中に背負った。


その時、
表玄関のほうから大きな図体が
ヌゥッと飛び出てきた。
所長さんだった。


「おや、誰かな?」

「さ、真田です!」

「あぁ、真田くんか。おや?ギターかい?」

「はい!これはギターです!」


まだ嘘はついていない。


「そうか!感心感心!こんなお昼の時間から音楽の活動をするなんてたいしたもんだ。」

「えっ?あ、いゃ〜まぁ〜そんなとこですぅ〜。」


どうやら練習とかライブとか音楽活動をしに行くように
見えてくれたようだ。よしよし。
まさか相棒たちを売り飛ばしに行くなんて
思いにもよらないことだろう。
知ったら気絶するだろう。


「気を付けて行ってくるんだよ」

「ありがとうございます!行ってきます!」


自転車を立ち漕ぎで思い切り飛ばした。
早く自分の姿を所長さんの視界から
消さなければならないという気持ちでいっぱい漕いだ。
逃げるように漕いだ。
真冬なのに汗をかいた。


いつもならまっすぐ行くところだが
路地なら何でも良かったので、とりあえず曲がった。
これでひとまず姿を消せたはずだ。


「はー、はー。なんとか出発できたぜ!なぁ相棒!」


ギターもアンプも自転車も
みんな相棒でややこしい。


そういえば所長さんに自転車のことは
何も言われなかった。
音楽活動の為なら私用で使ってOKということだろうか。
さすが所長さんの太っ腹は本物だ。


リサイクルショップに着いた。
階段を上がってお店に入った。
カウンターのお兄さんに声を掛けた。


「すいませーん。」

「はい、いらっしゃいませ。」

「このギターとアンプを売りたいんですけどー。」

「はいー、じゃあ査定しますんで少々お待ち下さい。」


店員さんにギターを査定してもらっている間に
店内の商品を見て回った。
楽器がたくさん置いてあった。


「こ、こんなにもあるのか!売られてしまった相棒たちが!」


私の持って来た1本が加わったからといって
何も変わり映えしないぞ。
うおっ!や、安い!
なんでFenderのギターが19800円なんだ!
欲しくなるじゃないか!
ミイラ取りがミイラになるとはこの事か!


目を閉じた。
ダメだ。ギターを手放しに来たのに
新たなるギターを買ってしまいそうだ。
まあ、いくらで売れるかにもよるが。



あ、あれは!
同じアンプを発見した。
どれどれ?
なんと!1000円で売っていた。
安すぎる!買うか?いや違う。
これだけ安く売っているということは、
あまり高くでは買われないということに
今頃気がついた。その時だ。


「お待たせしましたー。YAMAHAのギターの買取査定をお待ちのお客様ぁー。」

私のことだ。
レジカウンターに走った。


「はい、僕です!」


「はい、お待たせしました。まず、こちらのギターですと買取価格は5千円ですね。どうされますか?」


ご、ごせんえん!!
そ、そんな〜!!
4万円で買ったギターが
たったの5千円か。


えーい!背に腹はかえられぬ!
切腹覚悟でその5千円。受け取ろうではないかー!


「5千円で大丈夫です。お願いします。」

「あとギターアンプですね。これは500円ですね。」

「くっそぉ〜」

「えっ?」

「いや、お、おねがい、しま、す・・・ぅ・ぅ・ぅ」

涙腺が熱くなった。
苦渋の決断だった。
こんなにも苦い取り引きは初めてだった。
もうこれで大阪の実家に戻るまでは
ギターが弾けないのだ。


私は一体何をやってるんだ。
こうなったら絶対カナダで
カナダ産のギターを買ってやるぞ!
そして私より大きなアンプを買って
音量最大にして掻き鳴らしてやる!


私は、くやし泣きしながら
5千円札1枚と500円玉1枚を受け取り、
もし江戸時代に自分の娘を売り飛ばしたら、
こんな気持ちになるじゃないかと思うほど
切なく悲しくなった。


店員さんには私の涙が見えないようだ。
いや、そんな涙は見飽きたのだろう。
日頃の売り買いの多さに心がすっかり
麻痺してしまっているのだ。
私は寂しく手ぶらで自転車に乗りお店に戻った。


いつもの配達帰りの癖でスタンドを立て掛けた。

「よいしょっと、こらしょっと!」


ガシャーンという大きな音を立ててしまった。


お店の表玄関の横の
たばこ屋のガラス窓をチラリと見た。
中に座っていた所長さんの物悲しく憂いた
影の入った顔がこちらをじっと見ているような気がした。


「や、やべえ!」


私は急いで立ち去った。
商売道具を売りとばしてきた男には
逃げる姿がお似合いだ。

これで夜行バスの中で食べる弁当と
ビール代は確保した。


もう臨時の出費がないことを祈るばかり。
あとは怪我と病気だな。
絶対に健康を維持するのだぞ直樹!


なんとかなりそうな計画の進捗具合に
お祝いのビールで乾杯することは
もうすっかり忘れていた。


〜つづく〜

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真田の真田による真田のための直樹。 人生を真剣に生きることが出来ない そんな真田直樹《さなだなおき》の「なにやってんねん!」な物語。

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