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雨宿り(ちくま800字文学賞応募作品)
「また雨が降ってきたなぁ」
僕は、朝に雨が降っていないからと小学校に傘を持って行かなかった自分を恨んだ。慌てて学校近くのタバコ屋の軒先に飛び込んだ。雨は凌げたが、雨脚は強くなる一方で、どうして帰ろうか思案していた。
そこに、スーツを着た男が鞄を傘代わりにしながら、軒先にやってきた。男も朝の天気に騙されたのだろうか? そう思うと僕は勝手にシンパシーを感じずにはいられなかった。
「どけよ、タ
#アドベントカレンダー2021 Birthday before Xmas
僕が小学5年生になる娘の陽菜と母とを連れて、父を見舞いに行ったのはクリスマスが迫った12月19日のことだった。父が入院している病院は、地域の中でも一番の大きな病院だ。とはいえ、周りを山に囲まれた田舎だからこそ威厳が保たれているようなもので、都会の大病院からしたら、一地方の病院に過ぎないのだろう。
父は口も利けない状態で、ただベッドの上に横たわっているだけに見えた。
「おじいちゃん、陽菜だよ」
『若者のすべて』が聞こえる
”夏はあっという間に過ぎ去っていく。”
俺は部屋の掃除をしていて、その一節から始まる高校時代の日記を見つけた。掃除しなきゃ、でも日記も気になるし……。結局、1日分だけということで日記を読み返すことにした。それにしても、クサい文体だ。そういえば、あの頃俺は小説家を目指してたんだっけ。新人賞には箸にも棒にも掛からず、社会人になる前に夢をあきらめたんだけども。
”日が暮れていくのも早いし、だんだ
小説 ケア・ドリフト⑫
それから数日経って、彼は転職のことなど、目の前の仕事に追われてすっかり忘れてしまっていた。数日前の熱狂が嘘のように、冷めきった様子で淡々と仕事にあたっていた。入居者の食事、入浴、排泄の世話をし、そこにやりがいを感じる日々。いやそこに「やりがいのある仕事」というキラキラしたシールを張り付けておかないと、緊張の糸が切れてしまいそうなのである。
結衣とも会えない日々が続いていた。ラインを送りあうこと
小説 ケア・ドリフト⑦
結局、個人的な面談は開かれないまま、ユニットミーティングの日を迎えた。丹野は、上は口だけじゃないかと憤りを感じてもいたが、施設の状況をつぶさに見てきた彼としては、仕方がないだろうという思いもあった。しかし、最大の想いは面倒なことにかかわりたくないということだった。
数日前、青嶋にメールを送ってから、返信が来たのはユニットミーティング当日だった。丹野が送ったメールは至ってシンプルなものだっ
小説 ケア・ドリフト⑥
休憩中に、葛西が入院するとの知らせが入った。ちょうど、丹野と一緒に休憩していた東野介護主任の携帯電話に連絡が入ってきたのだ。東野はどうにも不機嫌で、常にムスッとしながら食事を摂っていた。急いで食事を済ませて、喫煙所に逃げ込もうと丹野が画策していたところで電話がかかってきたのだ。
「葛西さん、入院するんだって。家族さんが必要な荷物を取りに来られるから、対応よろしくね」
電話を終えると、東野はそう