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『若者のすべて』が聞こえる

”夏はあっという間に過ぎ去っていく。”

 俺は部屋の掃除をしていて、その一節から始まる高校時代の日記を見つけた。掃除しなきゃ、でも日記も気になるし……。結局、1日分だけということで日記を読み返すことにした。それにしても、クサい文体だ。そういえば、あの頃俺は小説家を目指してたんだっけ。新人賞には箸にも棒にも掛からず、社会人になる前に夢をあきらめたんだけども。

 ”日が暮れていくのも早いし、だんだん夜も長くなってきた。きっと、そのうちフジファブリックの「若者のすべて」も身に染みてくるだろう”

 何を俺の好きな曲を持ち出して、感傷に浸っているんだよ。ずるいじゃないか。「若者のすべて」が聴きたくなった次の瞬間、俺はこの一文に釘付けになった。

 ”明日、さくらと花火を見に行く。別に緊張はしてない。ただ少し不安があるだけだ。彼女を楽しませることができるだろうか”

 あれからどうなったんだっけ?次の日のページには何も書かれていない。というか、次の日から日記やめてるし。記憶を呼び起こすが、宿題をギリギリまでやらずに残してしまったこととか、宿題のことで親とケンカしたこととかが思い出される。今はこの記憶はどうでもいいんだ! さくらと花火に見に行った時のことを思い出したい。


 さくらと花火大会に行く約束をしたのは、2週間前のことだった。それから、柄にもなく着る服を何にしようか、どういうプランで彼女をもてなそうか、などと考えては袋小路に入り込んでしまう日々を送っていた。今から思うと、その頃の俺は青春を謳歌していたと言ってもいいくらい、おめでたかったのだ。
「あー、俺どうしたらいいんだっ」
 などと意味もなく叫んでは
「うるさいなあ」
 と親父に言われる日々を送っていた。

 話を戻そう。さくらは高校の学年でのアイドル的存在だった。周りの男子は進路のことで頭がいっぱいなふりをして、さくらに夢中だった。ちょっと女子のいない場所になると、さくらの話になる。大体、シャンプーの香りがしたとか、ショートヘアから見えるうなじがそそるとか、そういう男子高校生が妄想を抱きそうなことだった。

 帰宅部の俺はどうやって、男子高校生の集団から抜け駆けして、さくらを花火大会に誘えたのだろうか。野球部の桜井さくらいも、サッカー部の木村きむらも、吹奏楽部の長谷川はせがわもそれまで誘えなかったと嘆いているのに。確か、塾の夏期講習が同じ日程だったはず。そして、帰る方向も一緒なので、その時に話したんだっけか。

 そんな思い出に浸りながら、部屋を整理していると、別の大学ノートが出てきた。表紙にハートマークがいっぱい書かれており、真ん中に㊙のマークが鎮座している。俺は一瞬、ページを開くのを躊躇った。しかし、それはまさに一瞬で、気が付くとページを開いていた。


 ”俺がさくらに花火大会に誘われたのは、まさに奇跡といえるだろう。同じフジファブリックのファンで、話が盛り上がった。
「夏休みなんてあっという間だね」
って話をしたら、
「『若者のすべて』みたいに最後の花火を楽しまない?」
なんて、さくらのほうから誘ってきた。同じ町の花火じゃ友達に見つかるから、隣町の花火大会に行こうなんて、まるで2人で隠し事をしているみたいだ。もちろん、速攻でOKの返事をした”

 そうか、さくらの方から誘ったんだな。自分で誘えなかったことに、意気地のなさを感じ、タイムマシンがあったら説教を食らわせたいと思った。続きを読む。

 ”当日はあいにくの曇り空だった。天気予報によると、雨は降らないらしいが、それでも降り出さないかどうか心配だった。待ち合わせの時間には雨は降っていない。セーフ。さくらは黒いTシャツに、スキニーパンツをはいていた。一目見ただけで惚れてしまいそうになる。制服の時とはまた違う魅力があった。一方の俺は、大きめのTシャツに短パンだ。なんて魅力がない恰好なのだろう”

 雨が降りそうだったんだな。思い出した、あの時はてるてる坊主を作ってまで、晴れになるように祈っていたなあ。

 ”花火大会の会場最寄り駅まで各駅停車で10分かかる。やってきた電車は混雑していて、二人で離ればなれにならないようにするにはどうしたらいいか、迷った。俺は勇気を出して、電車に乗るときにさくらの手を握った。彼女も手を握り返してくれた。おかげで、満員電車の中でも離ればなれにならずに済んだ。何より、女の子と初めて手を握ったのだ。初めての感触は柔らかくて、温かかった”

 夏なのに暖かいとはどういうことなのだろうか? 暑いではなくて、温かい。大人になった俺はそんな感覚もなくしてしまったのかと、絶望的な気持ちになる。でも、ノートの中の俺は順調に進んでいるようだ。

 ”花火大会の会場に到着した。やはりと言うべきか人でごった返している。俺は腹が減ったので、
「まず露店で腹ごしらえをしよう」
 と提案した。
「うん、いいよ。何食べる?」
 さくらも乗ってくれたので、露店を巡る。いろいろ巡って、結局焼きそばとブルーハワイのかき氷を買った。それを2人で分け合って食べる。正直言って、腹が満たされる量ではないが、彼女と食べられるだけで気持ちがいっぱいになった。ブルーハワイのかき氷を食べたので、
「舌青くなってる」
とさくらに言われても、照れ笑いを浮かべるのが精一杯だった
 そのうち辺りが暗くなり、星が瞬きはじめる。いつものようにさくらと会話したかったけど、彼女の横顔を見ていたら、なぜだか緊張してしまう。彼女からフジファブリックの話を振られて、ちょっと話をしたけど、2,3回会話のラリーが続いただけで、すぐに会話がなくなった。電車の中で、つないでいた手もいつの間にか離れていた。
「もうすぐ、花火が上がるね」
「うん、そうだね」
この会話だけでも、やっとだった”

 青臭いなあ、俺。今の俺だったら、ペラペラしゃべるのにな。つい、そんなことを思って、当時の自分に歯がゆくなる。好きなフジファブリックの話題もできないくらいだたんだなと、改めて振り返る。

 ”花火が上がった。2人とも黙って、会場から打ちあがる花火を見ていた。それは1時間半くらい続いただろうか。でも、俺には倍くらいの時間に思えた。打ち上げ花火に、ナイアガラ、いろいろ上がったけど、さくらと見る花火はどれも美しかった。
 花火が終わり、俺は無意識に「若者のすべて」を口ずさむ。すると、さくらも一緒に歌い始めた。最寄りの駅まで、一緒に歌った。帰りの駅は混雑していた。また離れないように、俺はさくらの手をつないだ。電車に乗るまで1時間かかった。家の最寄り駅に到着すると、俺は決意を固めた”

 なんだろう。何の決意を固めたんだろう。俺は必死に思い出そうとした。花火大会が終わって、「若者のすべて」を口ずさんで、混雑した電車に乗って……。徐々に思い出してきた。完全に思い出した瞬間、俺の体温は一気に上昇した。

 ”俺は帰ろうとするさくらに言った。
「ちょっと待って、俺は……俺は……」
「ねえ、どうしたの? 顔赤いよ」
さくらが心配そうに見つめる中、
「俺はさくらが好きだ。付き合ってください」
と夜の街に響く声で、告白した。さくらは、顔を赤らめて
「ありがとう」
と一言告げて、それきり何も言わずに、俺に手を差し伸べた。駅に親が迎えに来たのを見つけると、
「今日はありがとう。またね」
と言い残して、車に乗り込んでいった”

 風邪をひいてしまったときみたいに、体がポカポカして、気だるい。そうだ、明確な答えはなかったけど、俺は振られたんだ。あれから、気まずくなってしまって、塾の帰りにも話さなくなった。それから、お互いの進路も決まり、卒業後はお互いにバラバラになってしまった。意気地もなく、せっかく交換したメールアドレスにもメッセ-ジを送れずじまいになってしまった。そこまで思い出すと、ノートを閉じ、また部屋の片づけを再開した。

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