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白い楓

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二人の殺し屋がトラブルに巻き込まれて奔走する話です。そのうち有料にする予定なので、無料のうちにどうぞ。。。
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#哲学

香山の25「丸の内サディスティック」(43)

「生きがいは、人生の価値を決めるとでも言うのかい。死にたいとでも言うつもりかい」
 こう言う自分は一体どんな面構えでいたのだろうか。恥というものを知らぬ人間に成り下がったのか。
「申し訳ないがそんな観念はちっとも浮かばんね」
「お前は生きがいを失ってまで生にすがりついて、それでも生の意味があると言う。生とはなんだ」
「人生への呪詛を捨てないことだ。呪いが生に意味を、美貌を与える」
 明が扉へ歩き出

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香山の26「ファニーゲーム U.S.A」(44)

 私は明を、彼の家の近くだという姪浜駅まで送っていくことにした。ロイヤルホストを過ぎて、あと少しで駅に着く、というところで私は、明に胸の内を明かした。
「きいてくれないか」
「みすみすお宮を逃がしておいて、どうした」
「……罪悪感で弾けそうに苦しい」
「そりゃ俺とは縁のない感情だね。どうも生来罪悪感を知らない人間らしいんだ、俺は」
 そう言われて返す言葉のなくなった私は、彼と自分の相違を思い出した

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香山の38「カーネル・パニックⅩⅡ」(56)

 他人の渦にからめとられること……字面だけ見れば情けない。しかし十分に健康の域にあることは、成熟したお前であれば承知であろう。同様に俺はこの冷酷が、一般性の名を掲げながらゆらめく重力によって屈折される様を見ながら、これでよかろう、と思った。自分はこの人間社会に属している一要素に過ぎない、という自覚が堕落した幸福を育んでいった。最初はこの堕落を恥じた。ところがやがて堕落は、自分は一人ではない、という

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香山の39「カーネル・パニックⅩⅢ」(57)

 いいか、俺もお前も患者なんだ。俺は『反社会性パーソナリティ障害』、お前は『薬物依存』という、歴とした病気のね。……となれば、そう。シャーマンの呪術のようなスピリチュアルな方法ではない、然るべき、確立された方法で病魔は、必ず退治できるんだ。孤独に戦う勇気があろうと、助けなしでは孤掌難鳴なのさ。俺が一緒に模索して治す方法を探してやる。
 …………………………。
 …………………………。
 明が話を区

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香山の40「カーネル・パニックⅩⅣ」(58)

 啖呵を切る彼を前に、まだ認めようとせずに反論した。一つだけ、まだ反駁するための余地があったからだ。それは明から提供されたものだった。私は次のように言葉を詰まらせながらしゃべったが、この一文ですら理路整然に見えるほど実際には要領を得ない具合であったことは忘れていない。
「しかし、しかし、まだ、その原稿に、この世界が現実であることをしめす証拠能力などないではないか。柴田隼人が、こういう、お前が、その

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香山の41「カーネル・パニックⅩⅤ」(59)

「ならば……俺はどうすればいい。俺は、こんなにまで穢れた俺を許すことができない。お前のように自分を呪う生き方だってできそうにない。どうにもできなくて足掻いて足掻いて、死にたくなって、モルヒネに手を出したんだよ、俺は」
 平安は言葉を進めるに連れて色を変え、悲痛へと転化した。初めて彼の前で薬品名を宣言して、呼応するように筋肉痛で足がこわばった。
「そのときは自分を呪えぬ自分ごと呪詛をかけるまでだよ。

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香山の42「カーネル・パニックⅩⅥ」(60)

 彼の話を聞いた私は、彼も自分に嘘をついている可能性を考えた。つまり彼の、自分はもとより狂人ではなかったという主張が嘘である、ということだ。これは検証のしようがないことだが、彼は実際に狂っていて、他人へ共感を覚えず、罪悪を知らぬ人間だったという過去を、現在のこの一点から見直して、彼の内面世界において狂気の構造を作り変えることで改変を図り、自分の成熟を補助しているのかもしれなかった。
 ……己を殺す

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香山の43「ジュテーム?Ⅰ」(61)

 Kの仕事を終えた私は、報酬を得て電車の座席に座り、揺られるつり革に目をやった。太陽が沈み、車窓に映るのは私の姿だけだった。首を傾け、無気力を露わにしていた。視線は虚ろだが、眠いわけではない。
 神は許してくれるだろうか?……信仰せずとも懺悔するのが日本人の性だ。かくて責任を転嫁する術はた抱きしめてくれる存在を探しているのであった。
 耐え切ることができない。神は人を殺めてまで利得にしがみつく愚者

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香山の44「ジュテーム?Ⅱ」(62)

 車を降りて、空を見て、そして海を見た。漣が緩やかな音楽を奏で、時折大きな波の声がした。波の声は殺意を持っているように思えた。急にしゃがみ込みたくなったのでそうすると、嗚咽した。「怖いよ、俺は怖いよ……」
 入水せねばならないと考えて、戦慄していた。内にある恐怖が言葉になることを許されて発されたのだ。
 暗がりに目が慣れ、周りの草原の形が鮮明になってきた。夜の海には漁船の発する光がのろのろと動いて

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中崎の1「モルヒネ」(63)

「中崎さんですか?」
「そうだが」
「僕です、香山です」
「ああ! 香山さんでしたか! これはこれは失礼を……はて、いかがなされましたかな」
「実は、会ってお話しがしたいのです。可能でしょうか」
「来週の水曜日の夜なんかいかがでしょう」
「水曜日ですか。予定を見てみますが―僕は大丈夫です」
「でしたら、その日に会いましょう。中州のAビルで落ち合いましょう」
 終始重たい声で話す香山を前に、笑いをこ

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明のエンディング「海」

 目の前には、椅子に縛り付けられた二つの死体があった。中崎と、薬物売買で生計を立てる女だった。二人とも顔をナイフで切り刻んで、身元は分からないようにしてあった。本来なら、顔に傷をつける真似はしない。依頼主に対象を殺したことを示すことができないからだ。
 爪をはがされた二人は錯乱を経て、香山に薬物を売りつけ、投与していたことを白状した。その時点で激昂した私は、衝迫に任せて彼らを殺したのだ。
 冷静に

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