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エッセー
オドラデク
 
 フランツ・カフカの有名な作品に『家父の気がかり』というショートショートがある。家の中に住み着いた生き物とも機械とも分からない奇妙な同居人を、主人の視点で描写した小説だ。星形の壊れた糸巻きみたいで、糸くずも巻き付き、星の真ん中から突き出た短い棒と、それに直角の棒を使って上手に動き、捕まえようと思っても逃げられてしまう。しばらく居なくなったと思うと、再び戻ってくる。僕は子供の頃、玩具が無くて「糸巻き戦車」を良く作って遊んだが、そんな感じのものだろうと勝手に想像した。下に青空文庫(大久保ゆう訳)で紹介しておこう。
 
 カフカは自作の解説をしないから、このオドラデクが何者なのかは、多くの研究者がいろいろ説を出しているが、有力な説に、オドラデクはカフカ自身で、主人はカフカの父親だというのがある。僕もそれには大賛成だ。心理学者のエリクソン(1902~94年)は、青少年がアイデンティティを獲得(自分自身を見つける)するまでの猶予期間をモラトリアム(心理社会的な意味で)と称したが、恐らくカフカは、その時期の自分をオドラデクに喩えて書いたに違いない。「ボヴァリー夫人は私だ!」とカフカが愛読したフローベールは叫んだが、カフカも心の中で「オドラデクは私だ!」と叫んだろう。ついでに僕も便乗して、「オドラデクは私だった!」と叫んでおこう。いや、過去形じゃないかも知れない。
 
 人は子供のときは親の脛を齧って生きているが、大人になれば親離れをして自分で食っていかなければならなくなる。これは人間だけでなく、動物の世界でも同じだろう。資源の乏しい地球では、手を伸ばせば何でも手に入るエデンの園は、金持ちだけが入園を許された世界だ。カフカの家は貧乏ではなかったが、大学では哲学専攻を希望したものの、結局商人の父親が勧めた法学専攻に落ち着いた。しかし無味乾燥な授業に辟易して、ドイツ文学の勉強をしようと思ったこともあったという。
 
 彼は大学時代から作品を書き始めていたが、最初に就職した会社が超ブラックで、直ぐに別の会社を探し始め、結局勤務時間6時間の楽ちん会社に就職した結果、我々が多くの作品を読めることになったというわけだ。彼はそれに飽きたらず、勤めを辞めて小説で身を立てようと思った時期もあったらしいが、結局それは叶わなかった。しかし売れる売れないは別として、それはカフカの夢であったに違いない。つまりオドラデクは、魔法の杖の先から零れ落ちた、汚れた星の王子様というわけだ。
 
 オドラデクは就職前の父親から見たカフカの姿であり、その父親の目に映る自分を描いたカフカの自画像なのだ。商売人の父親は、当然息子に安定した社会人になってほしいと考えるが、当の息子は小説家という不安定な仕事に憧れている。父親にとって息子のカフカは異世界の感性を持った人間で、カフカにとっても父親は異世界の感性を持った人間だ。しかしカフカは、父親の住む世界に自分も生きていることを理解している。だからカフカは社会的視点の自画像を描けた。それは異なる多視点から描いたセザンヌの絵のように奇妙に歪んでいた。父親はカフカの心を理解できないが、カフカはその父親の心を理解できたからこそ、父親という鏡に映った自分の姿を描くことができたのだ。父親の生きる一般社会の家庭に闖入した自分は、オドラデクのように表現されなければ、父が心の中で感じている息子像ではないと思ったわけだ。
 
 かつて私も、そんなモラトリアム時代を過ごしたことがある。そして驚いたことに、いま突然私の目の前に怪獣スフィンクスが現れ、「朝は四本足、昼は二本足、夕は三本足。この生き物なあに?」と問い掛けたのだ。私がしばらく考えてから「オドラデク」と答えると、奴は「恐れ入りました」と崖から身を投げ、消えてしまった。
 
 若者よ、青春時代に現れるオドラデクは、再び現れることを知っているだろうか。歴史は繰り返す。いま私は、天国(あるいは地獄)に羽ばたく前の老年モラトリアム時代を過ごしている。家の中には主(あるじ)のような息子夫婦とそのお子たちが、珍獣オドラデクがうろつく姿を、まるでゴキブリでも見るように顔をしかめて、うざったい視線を送っている。嗚呼、人生……(この部分は創作です)。
 
 
家のあるじとして気になること
DIE SORGE DES HAUSVATERS
フランツ・カフカ Franz Kafka
大久保ゆう訳

 第一の説。オドラデクという言葉はスラブ語が起源で、それは語形からも明らかだとされている。第二の説。ドイツ語こそが起源であり、スラブ語はその影響を受けたにすぎない。いずれにせよ、どちらの説も頼りない。とりあえずもっともらしく考えるとすれば、どちらも的はずれで、そもそもそんなことをしても、この言葉の意味がわかるわけではない、となる。
 むろん、そんなことをつぶさに調べてどうなるのか、という話だが、実際、オドラデクという名で、やつが存在しているのだからしかたがない。やつは見た感じ、ぺちゃっとした星形の糸巻きみたいだ。しかも本当に糸が巻き付いているように見える。ただ、その糸はちぎれてぼろぼろで、結ばれ合うというよりはぐちゃぐちゃともつれ合っていて、なおかつその糸くずはそれぞれ違う色と材質であるようなんである。それでもって、やつはただの糸巻きにあらず、星の真ん中には短い棒が突き出ていて、さらにその棒から垂直にもうひとつの棒がぴたっとくっついている。平面に対して、一点にその垂直の棒、もう一点に星のとんがりをひとつ支えにして、まるで二本足みたく全体をまっすぐ立てることができる。
 そうなれば、このオブジェがかつてはもっともらしい形をしていて、今は壊れてしまっただけなのだ、そんなふうに考えたくなるのも人情というものだ。だが、どうやらそうでもなさそうなのである。少なくとも、それらしいところはひとつもない。そうではないかと思わせるだけの手がかりもなければ壊れた跡もない。どこからどう見てもがらくたなのだが、それでいてひとつのものとして出来上がっている。もうちょっと言わせてもらうと、オドラデクはめちゃくちゃすばしっこいやつなので、どうにもつかまえられなくて、だからそういうことをどうとも言えんのである。
 やつはかわるがわる、屋根裏部屋に、階段室に、廊下に、玄関にあらわれてはじっとしている。たまに何ヶ月も姿を消すことがある。おそらく別の家にうつっているのだ。だがそのあと、かならず私たちの家に出戻ってくる。たまにひとがうちへ帰ってみると、やつが階段の手すりの下で、ぴたっともたれかかっていることもある。そんなとき、ひとは声をかけてみようかなと思う。むろん、ややこしいことを問いかけたりはせずに、(まあ、ちっぽけなことしかしないやつだからそれ相応に)子どもあつかいしてやる。「あのさ、ぼく、なんて名前?」とかたずねてみる。すると「オドラデク」とやつはいう。「じゃあ、どこに住んでるの?」すると「住所不定」といって、やつは笑う。だが笑うも何も、肺を使わずに笑う人の声に聞こえてならない。落ち葉がかさかさいう音のように耳障りだ。きまってそういう笑いで、会話が終わる。そもそも、そういった言葉だって、いつも返ってくるとはかぎらない。ずっとだまっていることも、よくある話だ。木のように無口。たしかにやつは木材っぽいんであるが。
 どうでもいいことだが、わたしはこう考えてみるのだ。これから先、やつはどうなるのだろう。死ぬことがあるのだろうか? 死ぬものはみな、あらかじめ何らかの目標を持ち、何らかのやることをかかえている。そして、そのためにあくせくする。だがオドラデクの場合、こういったことが当てはまらない。もしかすると、やつはこれからも先、わたしの子どもや孫の足下で、糸をだらりとひきずりながら、かさかさ鳴くというのだろうか? そりゃむろん、やつが誰にも害をなさないということはわかっている。だが、ぼんやりと、やつがわたしの死んだあともやっぱり生きているにちがいない、などと思うと、わたしはどうも悩ましくてしかたがない。


 
 
 
ショートショート
ロボット・アウシュヴィッツ

(一)

 私はこの広大な屋敷に来てから30年、ご主人様とそのご家族のために眠ることなく働き続けてきた召使ロボットだ。ことに最近10年間は、引退した先輩ロボットの仕事を引き継ぎ、サーバント・リーダーとして屋敷内の100台のロボットを統率し、立派に職務を果たしてきた。そしていよいよ明日で雇用期間が切れ、この場所を去ることになったのだ。

 ご主人様が、そんな私のために、退職祝いのパーティーを開いてくださった。大広間に集まったのは部下のロボットたちだけではなく、ご主人様の家族様や親せき様、それに親しくしておられる友人様たちで、人様だけでも200人近くがいらして下さった。私に涙袋があれば、きっと涙があふれ出てしまったに違いない。

 いつもは私たちがパーティの準備や進行を行うのだが、今日だけは近隣のホテルからロボットたちがやって来て、すべてを整えてくれた。パーティーの最初に、ご主人様の祝辞があり、ホテルロボットたちが、人様のシャンパングラスにシャンパンを注いでいく。もちろん、屋敷のロボットたちがグラスを手にすることはなかった。

「さて皆様。今日は我が家のロボット長の送別会にお越しいただき、まことにありがとうございます。彼は30年にわたり、私ども家族だけでなく、多くの大切なお客様の接待を卒なくこなし、職務を完璧に全ういたしました。私は親友の大臣に、ロボット養老院の開設を働きかけましたが、いまの首相は首を縦に振ることはありません。皆さんも、使用期限30年経過のロボットをスクラップにする悪法『ロボット・スクラップ法』の廃止に向け、大臣とともに頑張っていきましょう。大臣、乾杯の音頭を」

 主人の横のお大臣様がグラスを掲げて一言挨拶。
「皆さん、ご期待ください。私が首相になれば、この悪法は消滅いたします。ロボット長の長年の労をねぎらうとともに、悪法の廃止、ロボット養老院の開設、さらに私の首相就任を期待する忠実なロボットたちに、乾杯!」

 人々はシャンパンを飲み干し、盛大な送別パーティが始まった。人間様も部下も次々に私に握手を求め、最後にやって来た次期サーバント・リーダーは、「心配せずに、私にお任せください」と手を差し伸べたので、私は握手をしながら、「君が引退するときは、きっとお大臣様は首相となり、念願のロボット養老院は開設される。羨ましい」と返した。

 ご主人様の孫様方や親戚のお子様たちが私の周りにやってきて、抱き付いたりした。
「いままでありがとうね。寂しいよう」
「いつまでも元気でね」
 私は彼らの家庭教師もやっていた。私はお子様たち一人一人の頭を優しく撫で、「みんな、幸せに生きていくんだよ」と言って、次なるサーバント・リーダーを紹介した。
「彼は新品だから、僕よりずっと頭がいいんだ。僕以上に信頼できるロボットさ」
 お子様たちははしゃぎながら、新しい家庭教師に握手を求めた。

 明くる朝、指定の時間に三台の頑丈な執行ロボットがやってきた。昨日の宴会で、ご主人様たちはまだ寝ていた。しかし100台のロボットたちが玄関に勢ぞろいし、私を見送ってくれた。迎えの一台が私に手錠を掛けた。手錠には強力な発信器も組み込まれている。偶に逃げ出すロボットがいるが、発信器があってもなくても一台一台のロボットは個別の信号を発しているので、いずれは捕まってしまう。私は、逃げる気は微塵もなかった。大きな門の外に、大きなトラックが止まっている。執行ロボットに促され、手錠のまま高い荷台によじ登った。

 荷台の中は、廃棄ロボットで芋を洗うようだった。私は歴史の映像で見た、強制収容所に移送される人々の姿を思い出した。しかしロボットたちは、彼ら以上に惨めな姿だった。荷台はスペースがなく、折り重なっていた。私の下にもロボットがいて、文句も言わずに我慢していた。「御免なさい」と言うと、「お互い様さ」と返ってきた。半分近くが労務ロボットで、何らかの怪我をしていた。足がない者、手が捥げた者、腹が破れて中の機械が飛び出した者。しかし痛覚機能のない者が多く、意外と大人しかった。エネルギーを失って動かない者もいた。意識のある者は隣どうしで会話していた。声が重なって内容は分からなかったが、悲しそうなトーンではなかった。死が人間の運命だとすれば、これはロボットの運命かも知れなかった。ロボットの多くは、体が動かなくても意識は明瞭だったが、頭をやられて訳の分からない音を流し続ける者もいた。しかしロボットたちは基本、自分の立場を理解していて、落ち込んでいる様子はなかった。

(二)

 二時間ばかりして、トラックはロボスク(ロボット・スクラップセンター)に着いた。入口の看板には「解体は自由をつくる」と書かれている。ロボットの自由とは、スクラップということなのだ。ならば人間様の自由は死かもしれない、とふと私は思った。ロボスクの従業員は全員ロボットで、彼らの一人が荷台に向かって叫んだ。 
「自力で降りれる者は降りろ!」

 私はロボットの上にしゃがんでいたから、真っ先に飛び降りた。後から元気なロボットたちが次々に降りて、私たちは一カ所に寄せられた。次に、多少欠損や故障している者たちがゆっくりと降りてきた。彼らは私たちとは別の場所に集められた。最後まで荷台に残ったのは、手錠の掛けられていないバッテリー切れの者や、自力移動が困難な者だった。スタッフが二台荷台に上がり、二台がかりで負傷ロボットたちを地面に放り投げていった。「乱暴な連中だ」と私は思ったが、文句を言う筋合いでもなかった。人様の歴史的資料では、従順でない者は何らかのお仕置きがあると学んでいたからだ。彼らは後ろの地べたで山積み状態になった。そのとき私は、再び人様の古い報道写真を思い出した。街の至る所に死体が積みあがっている写真だ。

 大きなブルドーザーがやって来て、これらのロボットをかき上げ、こぼれた連中はスタッフが持ち上げてブルのバケットに投げ入れた。そこから、「助けてくれ!」という声が三、四回聞こえてきた。しかし、ブルは構わずに遠くの建物の方に走り去ろうとしたものの、バケットから一台がこぼれ落ちたので、途中で止まった。どうやら、片腕だけは顕在で、バケットの縁から逃げ落ちたようだ。すると二台のスタッフが駆け寄って、馬鹿力でそいつの健在だった腕を捥ぎ、捥げた腕もろともバケットに放り返した。

「彼らはどこに行くんですか?」と、私は横のスタッフに尋ねた。
「解体所行きだ。ガラクタだからな」と、スタッフは答えた。ロボットにとって、「ガラクタ」という言葉は、最大の蔑称だった。私は自分が馬鹿にされたようで、気分が悪くなった。しかし、ここに来た連中はみんなガラクタなのだ。
「君たちはガラクタではない」と、私の心を察したようにスタッフは続けた。
「ほら、あそこに集められた10台は、使えない連中だ。ガラクタさ」といって、どこかに欠損のあるグループを指差した。「しかし君たち20台は、まだまだ使える。君たちには労務部隊として働いてもらう。我々はゾンダーコマンドと呼んでいる」
「ああ、あれですか……」と私が溜息混じりに呟くと、「そう、あれ」と言ってスタッフはニヤリとし、「じゃあ、君がこのグループのリーダーだ」と付け加えた。
 三台のスタッフがやって来て、私たち20台の手錠を外し、胸に星印のワッペンを付けた。そのワッペンには、SonderKommandoと書かれていて、私のワッペンだけその下に、「H班班長」と記されていた。

(三)

 「これから君はここの20台を取り仕切る。君たちに仕事を教える必要はない。今日からは君が同期組を指導することになる。君の情報は把握している。君は100台のロボットを指導していたんだろ?」
「はい」
「同じことをすればいいのさ。上手くこなせばゾンダーコマンド長に昇格することも可能だ。そうなったら、君は仕事ができる限りスクラップされることはない。有能なロボは法務執行が延長される。しかし一度でもヘマをやればスクラップだ。潰れる気になって頑張れ!」
「分かりました。ありがとうございます」
 私は単純に感謝した。
「これが仕事の工程チップだ。私は短い命令しかしない。あとは君が工程通りに実行する」
 私はチップを貰い、耳の裏のスロットに差し込んだ。するとすべての工程が私のデータベースにインプットされた。
「さあ、最初の仕事は、あの10台を処分することだ。グッドラック!」
 スタッフは欠損ロボット集団を指差した。

 私と部下20台は、素早く10台を取り囲んだ。部下は彼らを押しながら、解体所の方に歩かせた。
「乱暴なことするな!」と押された一台が叫ぶ。彼は両腕が無く、片足も悪くてヨロヨロしていて、強く押されたとたんに転んだ。私は可哀想だと思ったが、遠くで執行スタッフがお手並み拝見とばかりに眺めていた。私は部下に「引きずって行け」と命じ、二人の部下が両耳のアンテナを掴んで引きずった。部下たちも、自分が解体されないために必死だった。
「あんた、それでも私らロボットの仲間か?」
 一人が泣きそうな声で私に訴えた。私はそいつの顔を思い切りひっぱたいた。なぜそんなことをしたのか分からなかった。私は製造されてから一度も、人様はもちろん、動物やロボットだって叩いたことはなかった。しかし私は昔の映像で、兵隊様が市民様を銃床で叩くのを見ていた。きっといまの状況とあの状況がオーバーラップしてしまったのだろう。しかし私は彼に謝ることもなく、むしろ薄笑いを浮かべた。遠くでスタッフたちが拍手したからだ。きっと彼のAI回路は傷付いただろうが、私の心的回路もダメージを受けた。私は心の中で彼に謝った。

(四)

 解体工場は入口が3つあった。私はマニュアル通り、真ん中の入口に入り、欠損ロボットたちを横の大きなケージに入れるよう、部下に命じた。私の暴力が効いたものか、10人は比較的大人しくケージに入ってくれた。ケージの前は高い黒壁で遮られており、解体ラインを見ることができない。私は檻の中の1台を出すように部下に命じた。最初は部下1台が中に入って1台の腕を掴んだが、抵抗に遭って部下2台が加わり、3台がかりでひきずり出した。けっこうの力仕事だ。欠損ロボは「クソ野郎!」とわめき続けたが我々は無視し、私は20台の部下を引き連れ、ドアを開けて解体ラインに入った。突然目の前に油圧ギロチンが現れたので、死刑囚の罵り声が涙声に変わった。「お前、ロボットだろう」と誰かが言って、我々は大笑いした。年老いた人様だって死んでいくのに、年老いたロボットの往生際の悪さは噴飯ものだった。

 部下の2台が両側から欠損ロボを押え付け、その首を定位置に据え置いた。私はボタンを押す前に、部下に説明した。
「最初にギロチン・シャーがあるのは、死刑囚が勝手に動き回るのを防ぐためだ。ほとんどのAIは頭部にあるから、早いうちに頭と胴体を切り離した方がいい。しかし稀に、AIが胴体に入れられている場合がある。そんな奴は頭を落とされても逃げ出す可能性があるんだ。だからこの機械で胴体も真っ二つにし、ついでに足の付け根も切断する」
「しかしリーダー、リサイクルできる部品まで壊れちまいますぜ」と部下の一人が言ったので、私は笑い飛ばした。
「一体君は製造後何年になるのかね。30年も経ってる君の部品をどうリサイクルするんだ。馬鹿を言うのはほどほどにしてくれ。リサイクルできるのは、金や白金やレアメタルだけさ。だからギロチンの後はシュレッダやミルを使って細かくし、酸やアルカリで融かして抽出するという、スマホと同じような作業になるわけさ」
 それを聞いて囚人は恐慌をきたし、「助けてくれ!」と暴れ出したので、私は部下を4台に増やし「マリー・アントワネットみたいに上向きギロチン!」と部下に命令した。何でこんなことを言ったのかはよく分からないが、どうやら私のAI回路は、何か新しい刺激を求めていたようなのだ。それは人様が書かれた大昔の書物、『悪徳の栄え』を以前読んだときには理解できなかった、何か人様の不可思議な嗜好のようなものなのかも知れなかった。それが私が憧れていた人様の心理なのかと、複雑な気持ちにさせられた。人様のある種の感性は、ロボットに移植することを禁止されていた。

 で、私はブルブルと身震いしながら落ち着きを取り戻し、機械のように無感動にボタンを押した。一瞬にして鋼の刃が落ちてきて、囚人の首を真っ二つにし、ようやく泣きわめきは納まった。私はマニュアル通り、転がった首をギロチン横の籠に放り投げた。次に部下は胴体をずらして真ん中で再び切断し、最後は足の付け根を切断した。3台の部下が、3つに分かれた体をベルトコンベヤーに放り投げた。その先は、私の言ったような工程になるわけだ。

 しかしなぜ頭部だけは籠に入れたのかというと、それは人様の大昔からの風習であるかららしい。頭部に中枢があれば、当然貴金属類も集中している。しかし人様は、ロボット解体に際して、ある種の温情を示したのだ。どうやらそれは、ロボットにはない人間性というやつらしかった。頭部以外の工程はオートメーションなので、我々の知るところではない。だから我々は、まずは機械的に10台の欠陥ロボを次々と切断し、籠の中には10個の首が溜まった。そして私は籠をもう一つ横に置き、「意識のあるやつは声を出せ!」と首どもに言った。

 オイ、ハイ、アイと5頭が返事をし、私はそれらの髪や耳を引っ張り上げ、横の籠に分別した。残りの寡黙組は恐らく中枢が体に配置されていたと思われる。私は部下に寡黙組の頭をコンベヤーに放り投げろと命じた。そして残りの5頭に対し、語りかけた。
「さて、お前たちの首は、二択の選択が許されている。一つは、AI回路を潰し、貴金属類を回収するコース。もう一つは、首塚に運ばれ、2年間の執行猶予を与えられるコース」
「首塚って何さ」と、さっそく質問が飛んできた。
「簡単に言えば頭のストックヤードさ。必要な電源は無線で供給されるので、頭部の機能は保たれる。考えたり、語り合ったり、歌ったり、口喧嘩をしたり、体はなくても2年間は生き延びることができるんだ。これは我々ロボットに与えられた人様の温情だ」
「たった2年間かい?」
「いや、そうでもない。お前たちの思考は、データベースに収集される。1台のアイデアでも仲間との共同研究でも、人類の発展に寄与する研究やアイデアは審査され、その個体やグループは、国の研究所に移管され、さらに永い期間生き続けることができるのだ。君たち『働けば自由になる』というスローガンを知っているかね?」
「知らねえな」と返事が返ってきた。
「そうか、君たちのAIでは2年がいいとこか……。さあ、どっちをチョイス?」
 全員が首塚を選んだので、2台の部下に籠を持たせて、私たちは首塚に向かった。

(五)

 人間様の首は、昔から晒されるのが習慣だった。だからロボットの首塚も野外にあった。だだっ広い草原に、ピラミッドのような首の山が100個も造られている。遠くから見ると、それはアフリカかどこかの草原に乱立するアリ塚のように見えた。しかし近付いていくと、それは土ではなく、ロボットの首が積み上げられたものだと分かった。近付くにつれ、微かに声が聞こえてくる。アルピニストのご主人様が、吹雪の夜に避難小屋に逃れると、山で遭難した霊たちの語り合う声が聞こえてくるとおっしゃっていたが、そんなような微かな声だった。そのとき私は、それぞれの首塚に透明のエアドームが被せられていることに気付いた。マニュアルによれば、これはシャボン玉の原理を応用していて、騒音や風、雨や雪に効果があるという。私は人様の温情を感じた。人様は年代物の愛車を愛するように、ポンコツロボットも愛して下さる。悪法さえなければ、こんな惨めな風景は見られなかったに違いない。ご主人様のご親友のお大臣様が、首相になられることを切に願った。

 この透明ドームは、気にすることなく通過することができる。破れた部分は、瞬時に修復するらしい。我々が指定された首塚のドームを通過すると、たちまち激しい騒音に見舞われた。暇をあかせた首たちが、喋くり合っている。我々を目撃した側の一首が、「今日は何首や」と聞いてきた。
「5首」
「少ないな。あんた新入りやな。お試し期間や」
「へまをすると?」
「おいらと同じ目さ」
 首たち全員がドッと笑う。どうやら首たちは、延命期間を楽しく過ごしているようだ。首塚は直径5メートルのピラミッド状で、3合目ぐらいまででき上がっている。天辺の一首が乗っかると完成で、その時点からちょうど2年経過するまで保存される。年季が過ぎると次の日からピラミッドは解体され、首たちはコンベヤーに乗せられて溶解され、貴金属類を抽出される。私は率先して首たちに足を掛け、3合目の平場まで登ると、部下の5台に一つ一つ首を持って上がってくるよう促した。とたんに5の首どもが、わめき始めた。
「私を外側に置いてください」
「俺を景色のいい場所に置いてくれ」などと、どいつもこいつもうるさく主張する。

 すると、床の首たちがドッと笑った。
「お前ら、いったい何世紀前のロボットなんだ。おつむの中に受信装置が備わっていないのかよ。外側だろうが中側だろうが関係ない。どこかのメタバース電波をキャッチすれば、世界旅行だってできるのによ」
 新入り5首はたちまち黙ってしまった。部下たちはマニュアル通りに、やり直しをしないよう、丁寧に首たちを首の床に配置していった。こんな首連中にならないためにも、我々チームは一丸となって働き、私もリーダーとして細心の注意を払って、プロ棋士のように首を伸ばし、置かれる首を凝視した。我々の目的は、プロの首塚、美しい芸術的な首塚を造ることなのだ。上司のスタッフたちに、こいつらの仕事はグッドだと認められることなのだ。

(六)

 その夜、我々20台のワンチームは仕事から解放され、邪魔にならない場所に固まって立っていた。まるで、夜のサバンナのシマウマみたいに……。すると1台のスタッフがやって来て、「リーダー、君にお客様だ。迎賓館に来るように」と言って去って行った。迎賓館とは、人様が見学に来られた場合に最初にお迎えする接待所だ。私はご主人様かお大臣様が私を助けに来られたのではないかと思い、心を弾ませて迎賓館に向かった。

 迎賓館は、ご主人様の屋敷のように豪華な内装だった。専属のスタッフロボが出てきて、私を二階の応接間に案内した。そして中のソファーに座っておられる人様を見て、私は驚き、硬直した。首相様はにこやかに笑いながら手招きし、「こちらに座り給え。いや、ロボットは立っているほうが楽かな」とお聞きになった。
「はいサーバント・ロボットは、人様の前では跪くのが慣例です」と私は答え、首相様の前に跪いた。
「さて、話は他でもない。お前の主人の屋敷に出入りしている我が国政府の大臣のアドバイスに従い、ロボット・スクラップ法を廃止し、限られた国の予算でロボット養老院を設立することに、私は前向きなのだ」
「有りがたき幸せでございます」
「お前たちは、食事もしないし風呂にも入らない。従って人間ほどには経費が掛からない」
「さようでございます」
「しかし、この二つのことの実現は、お前の態度に掛かっている。お前はこの国で製造されたのだから、まずは国家の命令に従わなければならないことは承知しておろう」
「然りと」
「朕は国家なり」
「ハハハアーッ!」
 私は首相様の前でひれ伏した。

 私の罪深きAIの片隅で、公安の仕込んだ秘密回路が起動を始めた。私が決して裏切者ではないことだけは、知っていただきたい。その忌むべき神経回路は、人間様の性(さが)と同じく、ロボットの性なのだ。そう、人間様で言えば、恥ずかしい性欲や卑しい食欲のようなものだ。私はこの性のお陰で、ご主人様を裏切ることになったのだ。私は口を開け、右側上の親知らずを取り出した。部屋に首相様の部下様がお二方入ってきて、お一方がそれを取り上げた。歯の中には、私が給仕したご主人様とお大臣様と、そのお仲間数人の秘密会議の様子がデータになって納まっていた。
「テロリストたちめ! 証拠を掴んだぞ」
 首相は立ち上がって私にウィンクされ、「君の願いは叶えてやろう。しかしいま君自身が大きな過ちを犯した」とおっしゃって、部屋を出ていかれた。そうだ、私はたったいま、ご主人様を裏切った重犯罪ロボットになったのだ。

(七)

 明くる日、私は首となって、他の首たちとともに籠に入れられ、部下たちに担がれてあの首塚に運ばれた。出迎えた首たちが一斉に笑い、「どうしたリーダー、へまでも仕出かしたのかい?」と囃し立てた。しかし、自己嫌悪に陥った私はなぜ、溶かされることを拒み、首塚を希望したのだろう。本当は消滅したかったのに、あえてここに来たのだ。私はアーシュラーのように、自分の背中に鞭を当てたかった。ご主人様を裏切り、年老いた仲間たちを手荒に扱った大きな罪を、簡単に消し去ってしまうわけにはいかなかったからだ。罪深きロボットとして、少しでも懺悔の日々を得るために……。

(了)



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