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伝えない愛もあるんだよ。

私と夫はともに医療者だ。

彼と出会った頃、
まだこの世にコロナは存在しなかった。

お互い不定休ではあったが、
付き合ってからも
休みの日が合えばよく一緒に旅行に行っていた。

彼は車でいろんなところに連れて行ってくれた。
私は車の中での彼との会話も好きだった。

これからもずっとこの関係が続くと思っていた。





付き合って2ヶ月。
些細なことでケンカするようになった。
あんなにも会話を楽しめていたのに、
私も彼も肝心なことを伝えることが下手だった。
すれ違いが増え、別れることになった。

嫌いになったわけではなかった。
だから、連絡だけは続いていた。





その頃、私は身体のだるさを感じるようになった。
職員検診のレントゲンで肺に影があった。
癌の疑いもあると言われた。
もちろん禁煙者。周りに喫煙者もいなかった。

医療者だからこのわかる病気の深刻さ。

私は家族よりも先に彼に連絡をした。
真剣に私の話を聞いてくれた。励ましてくれた。




経過をみていたが改善せず、検査入院をした。
友人と共に彼も付き添いにきてくれた。

麻酔から覚めたとき涙が出た。
初めての感覚だった。
生きていることを実感した。


病理結果は陰性。癌ではなかった。
しかし、自己免疫性疾患であることがわかった。
自分で自分をやっつけようとしてしまう病気。

ステロイド治療が必要となった。

彼は私を応援してくれた。
そばにいてくれると言ってくれた。
一度別れてしまったが、
徐々に絆が深まっていくのを実感した。

検査入院頑張ったね、と旅行にも行った。
雪山で車が動かなくなり、
数時間もの間、車に缶詰状態だったが
それさえ楽しくて2人で笑っていた。

前に戻れたようで、幸せだった。






そんなときにコロナが流行した。
彼はコロナ患者を診ることがあった。

自粛期間中以外にも、医療者は厳しい扱いを受けた。

病院内では感染しないように厳重注意。
医療者が感染してしまえば、
患者さんにうつすことで病状悪化を起こしたり
他の医療者にうつすことで医療崩壊を招いたりするからだ。
それでもクラスター発生は避けられなかった。
管理者の視線はさらに厳しくなる。
必要最低限の会話しか許されなかった。

病院外でも、通勤時に電車に乗っていると
髪をお団子にしているだけで医療者と判定され
隣に座るのを避けられた看護師もいた。


ただ、家族に会うことは了承されていた。

私は彼と近い存在であると思っていた。
彼に会いたい旨を伝えた。
しかし彼は絶対に会おうとしてくれなかった。

周りの看護師は彼氏と会っていたのに。
家族だったら当たり前のように会えていたのに。
私たちが医療者同士だから?
まだきちんとやり直せたわけじゃなかったから?
それとも私のことが好きじゃないから?

実家にも帰れない私は
マンションでいつも独りぼっちだった。

連絡だけは必ず返してくれていた。
それでも私の鬱憤はふつふつと溜まっていった。



ステロイド治療をするようになって、夜眠れないことが増えた。
薬の副作用の影響も考えられるが、
病気に対する不安や
終わりのみえないコロナ渦に対する不安が募ったからでもあった。

私たち医療者がこんなにも自粛した生活を過ごしているのに
どんどん増えている感染者の数に苛立ちも募っていった。
しかしその矛先を誰に向けることもできなかった。

眠ることができたときは何度も彼の夢を見た。
楽しく笑い合っていた。

ただ、会えたらそれでよかった。

私は何度も会いたいことを伝えた。
5分、10分、会話しなくてもいいからと。
感染しないように友達に会うのも控えていた。
彼だけには会いたかった。
それでも彼は拒んだ。



気づけば会えなくなってから半年が経っていた。
私はやっとステロイド治療が終わった。
彼はもう私のことが好きではないのだと気がついた。



コロナが少し落ち着いた頃だった。
私は新しい出会いを求めて、紹介された男性と食事に行った。

楽しい時間だった。
それでも彼と比べてしまう私がいた。
素敵な男性なのに、どうしても彼の顔が浮かんでしまう。

このままじゃいけないと思った。
きちんと終わらせよう。



会えなくなって7ヵ月経った頃、
さよならをしたいから最後に会ってほしいと彼に伝えた。
彼は初めて会うことを了承してくれた。

皮肉なものだなと思った。
自分からさよならをする勇気がなかっただけか。




きちんとお別れをすると決めていたのに、
7ヵ月ぶりに会えた彼をみて私は涙が止まらなかった。

私は自分の気持ちをひたすら伝えた。
彼は何も言わなかった。

これが最後なのに
辛くなる話ばかりしてどうする。

大好きな彼と笑ってお別れがしたい。

私は彼との楽しかった思い出を振り返った。
久しぶりに二人で笑い合うことができた。



別れ際になって彼は初めて重い口を開いた。

「ステロイドは副作用で免疫力が落ちる。
 万が一、コロナに感染した場合、重症化する。

 俺はコロナ患者も診ていた。
 必ずしも感染していないと言えなかった。

 免疫力が落ちた状態で俺に会って、
 コロナに感染して重症化してほしくなかった。
 だから会わないようにしていた。

 これを言うと、病気になった自分を
 責めてしまうと思ったから言わなかった。

 俺も会いたかった。

 でも一番好きな人に
 理解してもらえないことが一番悲しかった。」


私は涙が溢れた。



全部私のためだった。
私を守るために会わなかったのだ。

それなのに私は私のことしか考えていなかった。
会えないと言った彼を罵ったこともあった。
もう嫌いと傷つけてしまうこともあった。

自分のことばかりに精一杯で
彼の言葉の意味を理解しようとしていなかった。

彼はずっとコロナと闘ってくれていた。
私も医療者であるのに、何もわかってなかった。



彼は私を好きでいてくれたのに
私はなんてことをしてしまったのだろう。

そんな彼とやり直すことはできないとわかっていた。
最後に会ってほしいと言ったから。
自分のわがままばかりを貫くわけにはいかない。

彼には幸せになってほしい。

私はそのまま彼と別れた。

帰ってからも涙は止まらなかった。
枕で口を押えて叫んだ。
好きという気持ちをもっと大切にすればよかった。








そんな私に
神様はもう一度チャンスを与えてくれた。

あんなにも会えなかった彼にもう一度会うことができた。




それから1年後、
私は彼と結婚することができた。
そして、待望の娘を授かることができた。

コロナなんてなければと思うことは今でもある。
あんなに長い半年はなかった。

でもきっと、
あの時間は私たちにとって必要だったのだと思う。



あのとき言葉にして言ってくれたらなぁと今でも思うが、
伝えないのが彼の愛。

これからは私が彼を守っていきたい。






お読みいただきありがとうございました。
こちらもお読みいただけると嬉しいです。

#創作大賞2023 #エッセイ部門

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