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皆様の災害関連投稿をまとめています。 情報を集約する事で、今後の役に立てたら。
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#日記

地震

地震

ここ数日、各地で地震が相次いでいる。地震が起こるたびに怖いという感情と共に、全ての偶然が重なりあって私たちは生かされているという感情を持つ。

地震は地球が生きている証拠。普段は地球に住んでいるという意識さえ持たずに過ごしている。もちろん地球の裏側の人のことを想像することもほとんどなければ、宇宙の中の銀河系の一部だなどと少しも思わない。

しかし、現実は生きている地球の上に私たちは存在していて、そ

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生きているということ

生きているということ

2018年6月18日7時58分。
僕は大阪豊中市にある、会社の自席でPCに向かっていた。
会社はビルの2階。
そこそこ揺れたものの、命の危機は感じなかった。

1995年の阪神淡路大震災発生時も、ほぼ同じ地区にいた。
その時は、今回よりも揺れも激しく、真っ暗だったこともあり、
「揺れが収まるころ、生きていないかもしれない」
とぼんやり思ったことを記憶している。

大阪北部地震のニュースを見ていると

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何でもない日が一番大事

毎年この日になると思う事がある。
東日本大震災が私たちに教えたことはただひとつ。
昨日と同じ今日、今日と同じ明日、普通の日、何でもない日が一番大事で一番幸せなんだって事。
あの日、目の前で家族を失い心傷つき、目前の家が流され、汚染され、未だふるさとに帰れない、そんな人たちがまだたくさんいる。
私たちはあの日あの時、それまで飽食の限りを尽くし、買い物に溺れ消費し続け、物を溜め込んできた事のむなしさを

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3.12からの過ごし方

3.12からの過ごし方

間違いなく、明日から東日本大震災の報道は減ってくる。今日、多くの人が何かしらを想い、考えたと思います。ぜひ、想ったことを行動して欲しいです。なぜなら、報道を機に想ったことは、報道がなくなると忘れるから。なので、仮にでも、日程を立てちゃいましょう。

報道であるように、まだまだ仮設住宅での生活を余儀無くされている方は大勢いらっしゃいます。

僕自身、埼玉県から石巻市に移住して、6回目の3.11を迎え

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東北 - 3.11東日本大震災から7年(後編)

東北 - 3.11東日本大震災から7年(後編)

前編はこちらです。

お時間、関心がある方は、前編に基礎情報等を多めに盛り込んでいる関係もありますので、前編からご一読頂くことをお勧めいたします。

【岩手県 陸前高田市】人口約2.4万名(当時)、死者行方不明者1700名以上

陸前高田市は他の被災地域と比較して、7年経った現在でも、津波の爪あと、恐ろしさを感じやすい場所が残されています。

また、ご存知の方も多いと思いますが、陸前高田は奇跡の一

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東北 - 3.11東日本大震災から7年(前編)

東北 - 3.11東日本大震災から7年(前編)

離れて4年弱。豊富なコンテンツにとことん魅了され、人生観を大いに揺さぶられた東北への愛や想いは色あせるどころか、増すばかりです。後ろ髪より前髪を引かれる感じです。以前、①心身ともに満たされる東北の魅力満点さ、そして、②オランダから振り返った3.11から6年目をポストしました。

東北は日本人の国内旅行として(観光入込客数)も相対的に振るわず、

訪日外国人の東北訪問率(宿泊)は日本全体合計の1%、

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7年

7年



毎年 当日は静かに迎えたくて、いつも数日前に考えることにしています。

写真は2011.4月 福島県で撮影したものです。毎年この時期になるとカメラロールを遡って見ています。

あれからあと数日で7年

もし、
わたしが あのときこうしてたら
わたしがもっと強かったら
もし あのとき やめなかったら と

今でも後悔することも苦しくなることもあります。

それでも この7年を
不器用でも

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一度訪れただけでは何も知れなかったけれど、また行きたくなる場所だった、気仙沼旅行の話

一度訪れただけでは何も知れなかったけれど、また行きたくなる場所だった、気仙沼旅行の話

宮城県気仙沼市に、震災復興のボランティアに定期的に通っている友達がいる。その子が春休みを使って、気仙沼に長くいるというので、私も1泊2日で合流して、とっても充実していたし、お腹も満たされたという話。

私は仙台出身だけど、震災にかかわるボランティアや何かに関わったことは今までなくて、海沿いの「被災地」と呼ばれる地域に行くのは初めてだった。

震災当時は、私の住んでいる地域は、山沿いで被害は少なかっ

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