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生きているということ

2018年6月18日7時58分。
僕は大阪豊中市にある、会社の自席でPCに向かっていた。
会社はビルの2階。
そこそこ揺れたものの、命の危機は感じなかった。

1995年の阪神淡路大震災発生時も、ほぼ同じ地区にいた。
その時は、今回よりも揺れも激しく、真っ暗だったこともあり、
「揺れが収まるころ、生きていないかもしれない」
とぼんやり思ったことを記憶している。


大阪北部地震のニュースを見ているとこんな話もある。
過去の例から言うと、この2日後あたりに本震がくることもあるらしい。
仮に今回のが前震で、より大きな本震が来たとする。
その時もし自分のいのちが脅かされるとしたら、どうなるのだろう。
ふと考えてみた。

ルーチンの仕事はあまり心配はない。
けど新しくやりかけてるプロジェクトは、止まっちゃうな。
人間関係は中途半端にエンディングもなく終了。
あ、メールやメッセンジャーのやり取りに残した最後の言葉、
これはけっこういい加減なものも多い。

このままではいかんよな、と思ってしまう。


自己啓発書なんかではお決まりの言葉。
「明日死んだらどうする?」ってやつ。
こういう出来事があると、その言葉を意識し始める。

今のままでは死ねないよなぁと改めて思う。
何かしら生きた証を残したいとやっぱり思うかな。
もっと前進しなきゃ。
そんなことを感じさせられる今日の地震。

不幸にもお亡くなりになった方や、被害を受けた方が多数いる。
その方々にはもうご冥福をお祈りするいがい、僕にできることはない。
では生きてる自分は、やるべきことがまだまだ残ってる劣等生なのかもしれない。

もうちょっと、スピードを上げよう。
そんな風に感じた今日の日記。

#日記 #ブログ #大阪北部地震 #地震

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