記事一覧
乾あまぐつ「バード・ストライク」
「おい、正気か?」と友人が言う。
「懐かしいな。昔よくここで練習したっけ」
僕は持参した金属バットを握りしめ、何度か素振りをしてみる。彼とファミレスで別れてから一週間後、僕らは河川敷のグラウンドにいた。百均の安っぽいピクニック・シートを広げて、おにぎりとか、サンドイッチとか、ポテチの大袋とか、コンビニで手あたり次第に買い込んだ大量の食べものを並べる。友人は腹を鳴らすが手は出さない。鳥に怯えきって
エッセイ:エディプスちゃんのここがすごい!
仕事中にふと思う。私はなんて立派なのだろう、と。
べつに会社勤めがえらいとは思わない。が、嘗てのじぶん自身を想うと、いまのまじめな生活は奇跡にちかい。大学時代の私といえばダメな人間の筆頭であり、周りから徹底的に甘やかされていたのだった。ひさびさに同級生や先輩たちに会うと、私が生活をし、働いていることに皆が驚愕する。嘘でしょ、あのエディプスちゃんが……? 圧倒的な成長を感じる。あるいは、なにか大切な
エッセイ:バナナとナスビ、死のやわらかさ
「豚たちは二度死ぬ。一度めは屠殺場で、二度めはエディプスちゃんちの冷蔵庫のなかで」(ゴンドアの谷の歌)
私は食糧を保存するというのが苦手だ。逆にいえば、食糧をダメにすることに特化した才能がある。買えば肉や魚は腐りはて、野菜・果物の類いは原形を失ってしまう。かくして冷蔵庫はさながら霊安室のよう。その悪癖を自覚しているため、ふだんはその日に食べるぶんしか食糧を買わないようにすることで対策しているのだ
エッセイ:2453125
私はどうも忘れっぽい。思えば子供の頃からそうであった。やったはずの宿題を学習机のうえに忘れ、ランドセルを背負わず登校し、靴を履き替えずシューズのまま帰宅する。昔からそういうお茶目な一面があった。大人になってからも、友だちと遊ぶ約束をすっぽかしたり、恋愛の成就にかかわる重大なメールを後回しにしたまま忘れて気まずい空気になったり(当然、その恋は成就しない)、大学同期の結婚式の時間をまちがえたりもした。
もっとみる【掌編】我が家のオリンピック
「えっ! オリンピックをうちで?」ぼくは驚きを隠せなかった。「まさか、ご冗談でしょう?」
突然かかってきた電話の相手はCIO(国際オリンピック委員会)のえらい人らしかった。えらい人は、さいしょフランス語で話し、途中からは通訳をあいだに挟んでその要件を伝えてきた。
どういった理由なのかは何度きいても理解できなかったが、とにかく我が家でオリンピックを開催するつもりらしい。体育館や運動公園などではな
シャボテン日記(2019/8/30)
肌寒いような風が足にふれ、眠っていたぼくはタオルケットのなかで体をまるめた。
クーラーが効きすぎている、のではない。ねぼけ眼であたりを眗(みまわ)すと、荒涼とした夜の沙漠のような場所に一人でいるのだった。どの方位にも見晴るかすかぎり青褪めた土地がつづき、なだらかな丘陵がえんえんと地平線まで連なるそのさまは波のある海とも見紛う。寝ていたベッドはさながら小船か、ぼくはまるで漂流しているみたいだ。奇
【掌編】 悪質なカニ
自宅に帰ると1ぴきの巨大なカニがいた。その巨大さといったら常識はずれで、体長も、幅も、ぼくの背丈をゆうに超えており、カニは台所にいたが、そもそも出入口をくぐれそうにない大きさ。一体どこから這入りこんだのか。虚をつかれ、ぼくが廊下でもじもじしていると「おう、帰ったんか」等とカニは馴れなれしく声をかけてくるので、いよいよ常識はずれというか、じぶんの正気を疑う。「おかえり」と云って、カニは両のはさみで
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