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『シャボテン日記』

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同居サボテン《シーシュポスの岩》との対話でつづる日記。かれは緋牡丹というちいさな種類で、よく読書や書きものをしている。き刊誌(き刊誌のきはきまぐれのき)
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記事一覧

シャボテン日記(2019/8/30)

 肌寒いような風が足にふれ、眠っていたぼくはタオルケットのなかで体をまるめた。
 クーラーが効きすぎている、のではない。ねぼけ眼であたりを眗(みまわ)すと、荒涼とした夜の沙漠のような場所に一人でいるのだった。どの方位にも見晴るかすかぎり青褪めた土地がつづき、なだらかな丘陵がえんえんと地平線まで連なるそのさまは波のある海とも見紛う。寝ていたベッドはさながら小船か、ぼくはまるで漂流しているみたいだ。奇

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シャボテン日記(2019/7/4)

シャボテン日記(2019/7/4)

「こほ、こほ」とぼくは咳をした。「咳をしても一人」
 朝からの体調不良で会社を休んでしまったが正午すぎには恢復していた。午後からはソファでだらんと読書をしていて、じぶんが仮病でなかったことを示すべく、時おり、思い出したように咳をしているのだ。こほ、こほ。
「ねえ、シーシュポス」
 サボテンは手紙を書いているところだった。
 十数センチほどのサボテンであるから、便箋にしてもずいぶんちいさい。切手ほど

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シャボテン日記(2019/6/28)

シャボテン日記(2019/6/28)

「シ・イ・シュ・ポ・ス」とぼくはサボテンに可愛らしく呼びかけた。
「なんだい、猫撫で声で。きもちわるい」
 黄昏れどき。かれは窓のそとの炎えるような夕日を浴びて、壁や天井なんかに刻々と引き延ばされてゆくじぶんの影をじっと眺めていた。サボテンには影をみる趣味がある。元々ちいさな個体であるから、きっと自身が大きくなったようで愉快なのだろう。
「ぼくはいま影を見ているんだ。邪魔しないでくれ」
「楽しい?

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シャボテン日記(2019/6/22)

シャボテン日記(2019/6/22)

「シーシュポス、ぼくはもうダメみたいだ」
 ぼくは床のうえに烏賊みたく伸びて弱音を吐いた。
「シーシュポスったら。ねえ、聞いてる? ぼくはすっかりダメみたいなんだってば」
「あ、ごめん」とサボテンはヘッド・フォンをあたまから外し「なに?」
 サボテンは文机に向かい書きものをしているところだった。じぶんの棘をインク瓶にひたし、ああしてブ厚い手帳のページに、毎日ぼくには読めないサボテン語を綴っている。

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