見出し画像

じぶんに手紙を書く(1月ぶん)

何故そんなことを始めたのかはもう忘れたが、年明けにちいさな私設ポスト(※写真を参考のこと)を本棚に置き、1日1枚をめやすに文章を書いては投函していた。月末になったので箱を開封してみると、中には20枚くらい入っている。ぼくはとにかく忘れっぽい人間なので、書いた内容はだいたい忘れていて、読み返してみるとまあまあ愉快であった。まるで他人から手紙が届いたよう。せっかくなので1月に投函されたものから気に入ったものを5つ選びここに記録しておく。楽しいので、みんなも部屋にじぶんのポストを置いてみては如何?

✂---------------

√2号  除光、侵入菌糸、銷夏栓。おれは正気だ。じっさいに標識のほうがデタラメなのである。白線は蛇のようにうねり、信号機は虹いろの暗号めいた点滅。アスファルトの矢印は∃とかφの記号になっている。看板をみれば√2、どうやらここは無理数の国道らしい。いったい法定速度は何キロだ? 異常な標識たちはすこし目を離すとまた形を変えてしまう。ほら、また! 除光は麝香になり、菌糸は金鵄に化けている。おれはグニャグニャとした規則のなかで、それでも安全運転を心懸けなければならない。おそるおそるアクセルを踏む。(240字)

のっぺらぼう  そいつはこんな顔ですかい? のっぺらぼうは洗面台で鏡に向かってじぶんにそう尋ねた。つるりとした顔にはペンで目鼻が描かれていたが、まったく酷い出来だった。どうしてぼくはこうなのだろう。顔がないということは、かれ自身にとっても恐ろしいことだった。悲しい。だが、悲しい顔も出来やしない。石鹸のあわで顔を落とし、また新しい目鼻を描いてみる。そいつはこんな顔ですかい? しかし鏡に映るその顔はおぞましく、他人そのもの。(205字)

迷子の消火栓  迷子の消火栓を見つけた。生後5ヶ月くらいか。他にも通行人はいたが、みな我関せずという態度。ぼくも心のなかでは(来るなよ、来るなよ)と念じていたが、目があうと人懐っこく寄ってきたので放っておくわけにもいかない。どうしたもんかねえ。タバコに火を点け一喫みだけし、おチビちゃんにくれてやる。子どもは嬉しそうにピューっと水鉄砲をやり火を消した。消火栓はこんなふうにして育つのだ。(交番にいくか)と思っていると背後からザバーっと大水をかけられた。振り向くと数メートル級の母親らしき消火栓。カンカンに怒っているのか真赤になっている。(260字)

面接にきたヒトデ  次の方、どうぞ。面接官が告げるとペチペチペチと湿ったノックの音がし、入室してきたのは1匹のヒトデだった。卸したてのリクルートスーツの襟からは1本の管足が伸びている。ネクタイは昆布。たしかに条件に「人間に限る」とは記載しなかったが、求人とは人を求むという意味なのだ。そう説明するとヒトデは泣きだした。どこもヒトデが足りないというから、はるばる海から来たのに。役員の一人が ぷっ と噴き出したがヒトデは真剣だった。人間は差別をするって噂は本当だったんですね!(223字)

鍵束海岸(Beach of keys)  ジャラジャラと金属のこすれる音がする。砂の代わりに鍵を敷く《鍵束海岸》を、裸足の少年たちが歩いているのだ。彼らの首枷には鉄の重し。誰もが彼岸の島へゆきたいが、枷を外さねば溺れてしまう。じっさい何人も沈んでいった。だから、鍵を見つけないと。じぶんの枷を解くただの一本の鍵を、この広漠とした鍵の浜辺から。ねえ、見つけた? いいや、きみは。いいや、きょうは西のほうを探してみるよ。アデュー。アデュー。透きとおる波が濯いでキラキラと乱反射する《鍵束海岸》の夜明け方。少年たちがジャラジャラと歩く。(243字)



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?