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じぶんに手紙を書く(2月ぶん)

相変わらず1日1枚をめやすに文章を書いては私設したポストに投函するという怪しげなことをしている。マイクロノベルの試みである。月末なので開封すると、2月は20枚ほど書いていた。内容的には、不出来なものが多く、まあ精神的にはくるしい一ヶ月であったよなと振り返る。以下、5枚ほど気に入ったものを抜粋しておく。

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すべてがPになる いつの間にか近所のファミレスが駐車場になっていた。まただ。この頃、どこもかしこも気づくと駐車場になっている。喫茶店も、レンタル・ショップも、はては病院や学校、市役所なんかも。均されてアスファルトで舗装されていた。何かがおかしい。ある朝、目覚めるとついにじぶんの家も無くなっていて、ぼくはだだっぴろい駐車場に一人きりで寝ていた。見渡すかぎり地平線。車は一台も停まっていない。(186字)

夜のドーナツ団 夜みちをドーナツが転がっていった。1つや2つではない。ツーリングクラブのように団体で、コロコロと。辺りにはシナモンの香ばしさ。外灯の下をくぐるとき糖衣がキラキラとひかった。ほら、きみも仲間に入りなよ。ぼくも? だって、見事な穴が空いているじゃないか。確かに、じぶんにはポッカリとした空虚があった。一緒に走り出すと、たちまちドーナツの姿になった。風が、光が、スーッとからだの中心を抜けて心地がいい。アスファルトに輪っかの影が転がる。これからどこへ行くんです? おれたちが向かうのはいつだって三時の方角さ。(250字)

報告書 たかが書類一枚、されど書類一舞い。ごく短い報告書のたぐいであったが、なんど修生しても誤字や脱自が見かる。上司からは「どうしてこんな肝胆なことができないのか!」と再傘の衷意を受け、手直しのたび穴のあくほど書涙を身孵すのだがそれでもミスが亡くならない。舌帯おかしい。完碧に直したはずの報醜書がまた真違ていゐ。あっ。アキレ切った上肢に怒鳴られている最串ふと生類に芽を落とスと、文而がフニャフニャと形上を変えていた。渇手に神のそとへと逃げ堕すやつもいる。鳴るほど、そういう琴だったのか。(240字)

超羊Ⅰ 羊は逃げた。家畜化された種で、人間の手を借りなければ毛が伸びつづける呪いにかかっていたが、それでも自由になりたかった。数年がたち、数十年がたち。逃亡生活の中でかれはモコモコと膨らんでいった。いまは荒野で回転草(タンブルウィード)の親玉みたいになって転がっている。ありゃ沈んでく夕陽よりデカかったぜ。と、ガンマンたちが笑う。羊が1匹、羊が2匹、羊が3匹……。逃げた羊は夜ごと昔の仲間たちの数を算えるが、一度だって安心して眠れたことはない。ウトウトしてくると、どこからともなくジャキジャキとバリカンの音が聞こえてくるのだ。(260字)

ドライ・アイ(Dry eyes) 物心ついたときから、目を閉じるとまぶたの裏には別世界が見えていた。あっちのぼくはいつも幸せそうで/あっちのわたしはいつも辛そうで/家族や友だちに囲まれて/ずっと孤独で/週のうち何度かはピアノのお稽古をして/施設のような所でひどい暴力を受けていて/誕生日にはローソクの火をフーッと吹き消した/体じゅうにたくさんの傷や痣があった/鬱陶しいから見たくないのに。でも、ずっと目を開けていると乾いてしまうから。(200字)



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