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乾あまぐつ「バード・ストライク」

「おい、正気か?」と友人が言う。
「懐かしいな。昔よくここで練習したっけ」
 僕は持参した金属バットを握りしめ、何度か素振りをしてみる。彼とファミレスで別れてから一週間後、僕らは河川敷のグラウンドにいた。百均の安っぽいピクニック・シートを広げて、おにぎりとか、サンドイッチとか、ポテチの大袋とか、コンビニで手あたり次第に買い込んだ大量の食べものを並べる。友人は腹を鳴らすが手は出さない。鳥に怯えきってしまっているから。
「でも、ちょっと鳥が可哀想じゃない?」
「いいから早く食えって」
 嫌な手応えがある。ツナマヨおにぎり、カラス、カキーン! アメリカンドッグ、キジバト、カキーン! 豚ロース生姜焼き弁当、ヒヨドリ、カキーン! 次から次に豪速球で飛んでくる鳥たちを僕はバットで打ち返す。三遊間をシジュウカラが抜けてゆく。友人は泣きながら貪るように食べていた。
日暮れまで僕はバットを振り続ける。
 
 数年ぶりに会った友人はひどく窶れたように見えた。
 喫茶店にでも入ればいいのに、呼び出されたのは何故か川べりのベンチだった。
「どうしたんだよ、一体。それで、話って?」
 友人はキョロキョロと周囲を警戒しながら、
「鳥だよ」
「鳥?」
「ああ、鳥だ」
 彼はすっかり怯え切っていた。
「もう半月だ。信じてもらえないだろうが、俺が何か飲み食いをしようとするたび、馬鹿みたいに鳥が突っ込んできやがるんだ。食事がぜんぶメチャクチャになっちまう……」
 僕は笑った。
 だが、彼は泣いていた。
「一度や二度じゃない。朝昼晩と、毎食必ずなんだ。こっそり隠れて食べようとしたって無駄。やつらは絶対に見逃しちゃくれない」
 水鳥が飛び立つ。その羽搏きに驚いて彼はヒッと声をあげる。正気ではないと思った。
「そいつは、ほら、なんていうか、焼き鳥食べ放題だな」
 気を紛らわせるための冗談のつもりだったが無視される。彼はジッと足許を凝視していた。
「鳥の種類はてんでバラバラ。ヒバリに、ハトに、スズメ。ツグミなんかはまだ被害がマシなほうさ。こないだなんてでっかいミミズクが飛んできて食卓ごとぶっ壊れたよ。ミミズクだぜ? どの鳥も、そりゃあもう凄まじい勢いで突っ込んでくるんだから」
「鳥はどうなるんだ?」
「鳥は死ぬ。首の骨を折ったり、食器やガラスの破片でズタズタの血まみれさ」
 きっと僕の顔には信じられないとそう書いてあったのだろう。確かに信じてはいなかった。友人の顔には悲しいと書いてった。
「ああ、おまえにはわからないだろうぜ、俺の気持ちが。鳥にめしを台無しにされても腹は減るんだ。生きるためには食わなきゃいけない。痙攣して、いまにも息絶えそうな鳥の体を除けてさ、少しでも食べられそうなところを探して食うんだ。そんな俺の惨めさが、おまえにはわからないだろうぜ」
彼は五キロ痩せたらしい。浮いた肋骨を見せられても僕は信じる気にはなれなかった。
「おい待てよ、結果はみえてる。よそうよ、鳥が来るってば」
 泣きじゃくる友人を無理やり引っ張って二人でサイゼリアへ入った。メニューを開いても彼は閉口したまま選ぼうともしない。それが癪に障る。パスタのミートソースボロニア風、エビクリームグラタン、青豆の温サラダ、煮込みハンバーグ、マルゲリータピザ、フライドポテト、オニオンスープ、もちろんドリンクバーも頼む。僕もちょっと意地になっていた。デザートにはプリンを注文する。
「遠慮するなよ。今日は奢りだから」
「本当にどうなっても知らないぜ」
 料理が続々と運ばれてくる。僕らの席だけちょっとしたパーティみたいだった。店内は家族連れで賑わっている。そんな中で、彼だけはまるで最後の晩餐みたいな表情で、絵画よりも蒼褪めて、躊躇いながらフォークでパスタを巻き取ろうとする。そのとき――
 ガシャン! と物音。それから、悲鳴。店内は騒然となった。南側にある窓が砕けて大きな塊が砲弾のように突っ込んできたのだ。僕は唖然とした。卓上では大きな鳥が血を流しながら苦しそうに藻掻き回っていた。それは、この街では珍しい雄のキジだった。キジは凄まじいスピードで、嘴から一直線に突っ込んできた。テーブルが壊れそうなくらいの衝突だった。もちろん運ばれてきた料理の数々はすべてメチャクチャ。皿は悉く割れ、中身は飛び散り、僕たちはグラタンやデミグラスソースを車の水はねのように浴びた。
 縞の羽毛が散らばっている。卓上のキジは、いまにも死ぬ寸前で、首も翼もボロ傘みたく折れていた。グニャリと曲がった喉からヒーヒーと風のような音がしていた。
「ほら、嘘じゃなかったろ。だから、よそうと言ったんだ。俺はよそうと言ったんだ……」
 友人は力なくそう呟きながらテーブルの端から滴り落ちそうな、もしかしたらキジが触れなかったかもしれないパスタの束をフォークでそっと掬って疚しそうに口に運んだ。気付かないだけで羽を食べたかもしれない。あるいは、もう羽毛の一枚くらいは気にならないのかもしれない。
「ほら、おまえも食えよ」
 薄気味悪い。咀嚼しながら、彼は嬉しそうにニヤッと笑って。それから、ぺッと一枚の羽を吐き出してみせた。


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