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夏目ジウ 掌編・短編小説集

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これまでnoteに掲載した小説をまとめてみました。
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記事一覧

母の夕焼け【ショートストーリー】

母の夕焼け【ショートストーリー】

 あんな夕焼けは見たことがない。
 恐ろしいほど包み込まれそうだった。
 思わずそう叫んでしまいそうな聖母のような優しさがそこには広がっていて、沈む間はずっと亡き母を思い出していた。

 母は看護師の仕事をして僕を女手一つで育ててくれた。
 「拓也くん、いい? ここでおとなしく待っているんだよ」
 その日も僕は母の勤務する都内の病院に来ていた。学校が終わってから、毎日こうやって母の近くに来ていた。

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変態夫婦【掌編小説】(青ブラ_第3回変態王決定戦参加作品)

変態夫婦【掌編小説】(青ブラ_第3回変態王決定戦参加作品)

 ※本編2478字。

 (節分に邪気を取り払うって、何も夫婦関係にまで躍起にならなくても・・・。)夫のヒロシはそう呟くと幻の終わりの様な刹那さに襲われた。
 節分に離婚を突きつける風習は、実はその昔日本に存在していた。妻の節子は鬼の形相で夫に三行半を突きつける。
 「ハタチに結婚して20年。ずっと、アンタのことが気に入らなかってん」
 ヒロシに世の悪運の全てが降りかかったように真昼の斜光が突き刺

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さようならタイムカプセル【掌編小説】♯シロクマ文芸部

さようならタイムカプセル【掌編小説】♯シロクマ文芸部

※5,528字数。
 本作品はフィクションです。

 卒業の日を一週間後に控えた愛ノ川小学校には一言では例え難い雰囲気があった。過疎化が進む愛ノ川市は数年前から一気に人口減少の一途をたどっていた。
 今月3月末をもって、廃校になるのだ。母校を失くすことは限りなく悲しみが深い。
 在校生のうち6年生は5人、5年生は4人、4年生は3人、3年生は2人、2年生は1人。そして、今年度の新入生はいない。傷心に

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朧月の恋【ショートストーリー】#シロクマ文芸部

朧月の恋【ショートストーリー】#シロクマ文芸部

 朧月は救いだった。
 早春にくしゃみをすると初恋から醒めてしまう、と昔の言い伝えがあった。じゃあ、くしゃみをしないように僕は鼻を塞ぎ、マスクを二重にした。
 付き合っているのか、そうではないのかよく分からない時期だったから絶対に美咲を離したくなかったのだ。
 【くしゃみをすると、美咲は消える】
 余計なプレッシャーとなり、初めてのデートが何だかよく分からない日になっていた。ドキドキする良い緊張感

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いやんズレてる【ショートストーリー】(青ブラ_第3回変態王決定戦参加作品)

いやんズレてる【ショートストーリー】(青ブラ_第3回変態王決定戦参加作品)

 「わたくしカブラギ商事の葛城桂子と申します」
 「はっ」
 「かつらぎ・けいこです!」
 「ボヘミア〜ン?」
 「はあ? あっ、すみません」桂子は、言われることを分かっていつつも恥じらった。
 「はあ、とは何ですか。顧客に向かってその言葉遣いは?!」
 「だって、山根社長あまりにもふざけているものですから」
 「・・・・・」山根は思わず黙りこくった。
 「私がカツラだからって少し軽く見ていません

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神々のオッサン達【ショートストーリー】

神々のオッサン達【ショートストーリー】

 病室にいる間はずっと、何か自問自答を繰り返していた。誰かの声掛けがまるで病室を彷徨う羽虫音のようにも聞こえていた。

 ーまるで、暗くまどろむような空間だった。
 「裕人よ、どうしてこうなった?」鬼沼のようなドス黒い声だ。
 「前日、仕事中に軽い眩暈がして、そのままフラーっと歩いたら三途の河が見えて・・・」裕人は大柄な体躯を揺らせて言う。
 「第一だな、お前は死人リストには入っていないのだよ」

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筋書きのないストーリー【ショートストーリー】

筋書きのないストーリー【ショートストーリー】

 「いいですか、みなさん。今日の宿題は、家族全員分の座右の銘ですからね」
 教室中の皆が一斉に無口になり、状態が引き潮と化した。教師よ、どうしてくれるこの空気。
 家族間のコミュニケーション不足が昨今の問題とはいえ、座右の銘を家族全員から聞き出すなんてあまりにも野暮過ぎないか。世知辛さを通り過ぎて、もう笑うしかない。
 帰宅した後は自室に一人こもった。誰か話しかけてくれないかな、と考えてみてもすぐ

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ひとまわり【掌編小説】

ひとまわり【掌編小説】

※本文3,605字。
※本作品はフィクションです。

 「これ、だぁれ」
 僕は小学生のころ知らないものを見ると指を差す癖があった。母はまたいつものように僕の名前を呼んではこっちに来るように手招きをする。
 「・・・シゲヤのお姉ちゃんだよ」
 「えっ!?」
 母の声はいつもの厳しさとは真反対のトーンで優しくどこか懐かしかった。
 「閲子(えつこ)って名前で、みんなからエッちゃんって呼ばれていたよ」

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追憶【ショートストーリー】

追憶【ショートストーリー】

 拳の記憶よりも、愛の追憶は遥か深い。
 ボクシング世界タイトルマッチで僅か1R59秒で惨敗を喫した松下タツヤは絶望の淵にいた。
 古びた病院の個室にはユリがずっと付き添っている。両親のいない彼はユリ無しでは生きられない。この試合に勝てばプロポーズをするつもりだったのだ。そんな絵に描いたような幸せを目前にしたまさかの出来事・・・一命は取り留めたが、医師からは引退勧告を受けざるを得なかった。
 「タ

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同じ窓辺の外【掌編小説】

同じ窓辺の外【掌編小説】

※3,109字数。
本作品はフィクションです。

―来年はもう死んでるかもしれないから。
 私は、阿佐子に初めて同窓会に参加する理由をこう答えた。来月60歳になる私は、死に至る病を抱えているわけでは無い。ただ、去年の12月に職場の同い年の女性が立て続けにコロナワクチンの後遺症で亡くなり、死ぬことが今までより身近な存在になっていた。
 コロナなんかで、絶対に死にたくないー。夜通しずっと私は睡眠

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朝焼けの幻たち【掌編小説】

朝焼けの幻たち【掌編小説】

 明朝のランニングから、私は一日の英気を享受する。

 去年60歳で大病を患ったが、奇跡的に退院した。そのちょうど半年後に、不思議なことに元の生活に戻った。さらには、その翌日から罪滅ぼしと言わんばかりに夫の則男と朝4時に起床し、ウォーキングを始めることにした。運動が苦手でも、病み上がりに人は突然思い立ったようにウォーキングを始めるらしい。

 元来から不健康生活だった夫は嫌々ながらも毎朝のウォーキ

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最後の聖女【掌編小説】

最後の聖女【掌編小説】

 ※2,851字数。
  本作はフィクションです。

 愛娘の結婚は、時として父性の感情機能を激しく揺さぶることがある。特に、正博のようにシングルファーザーとして一人娘を育ててきた場合は尚更だ。長年来、娘の為に注がれたあらゆる情念は鼓動そのものが永久に奪われるかもしれない。
 【パパ、おはよう。
 さっき、賢太朗君からプロポーズされた。】
 明け方の4時に夏菜子は父へLINEをした。父はトイレの便

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短編小説「告げるキセキは白いが元々は黒い」前編

短編小説「告げるキセキは白いが元々は黒い」前編

 小学校6年の作文で将来の夢「アイドルと結婚します」と、僕は大口をたたいた。周囲の同級生達は意外だったのか、それを境に僕に対して後ろ指を指すようになった。そのうち同級生に留まらず、担任の前田先生までも僕を怪訝な目で見るようになった。でも、校長先生は「横山君。アイドルは腹黒いから気をつけなさい」と説いてくれた。

 あの時の校長室での教えは僕に世の中は甘くない、と教えてくれた。

 高校を卒業してす

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短編小説「告げるキセキは白いが元々は黒い」後編

短編小説「告げるキセキは白いが元々は黒い」後編

 翌日僕は仕事を休んだ。
 一日休暇を取る、などとそんな一時的なものではない。永遠にずっと、休むつもりだった。入社二年目の僕に工場に行くメンタルなんか、体内にはなかったのだ。
 窓から差し込む陽光が途轍もなく眩しかった。

 これから僕はどうなって行くのか。
 途方もない死に近い何かが追いかけてくる。寝ても醒めても、「死に近いもの」しか身近にない場合はどんな末路を辿るのか。

 携帯電話のバイブ音

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