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春名幹男 『ロッキード疑獄 角栄ヲ葬リ 巨悪ヲ逃ス』 : 敗戦以来ずっと 〈飼い犬の国〉

書評:春名幹男『ロッキード疑獄 角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス』(KADOKAWA)

保阪正康や出口治明が認めているとおりで、本書が「労作」であることは間違いないし、その意味での賞賛を惜しむつもりはない。だが、驚くような話が書かれているわけではない。

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あくまでも、大変な時間と労力をかけた裏付け調査に基づいて書かれている立派な労作、という評価だ。したがって、日本の戦後史に興味を持つ読者からすれば、驚きや発見があるわけでも、特別に面白いわけでもない。

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内容を簡単にまとめれば、戦後史最大の疑獄事件と言われる「ロッキード事件」とは、「巨悪」としての田中角栄が収賄汚職で捕まり、それで終わりというような底の浅いものではなく、その裏には、田中が中国との国交正常化をめぐって、米国の大統領補佐官であったヘンリー・キッシンジャーに憎まれ、狙い撃ちで嵌められたのだとか、解明されなかった「ロッキード事件関連の謎」の「その先の闇」には、生き延びた「真の巨悪」がひそんでいたのであり、それはCIAであり米国政府(の思惑)であり、その手先となった児玉誉士夫岸信介であった、というような話でしかない。

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(児玉誉士夫と岸信介)

そりゃあ、日米に関わる「政治的な疑獄事件」を追求していけば、日本の戦後政治の「逆コース」あたりにたどりつくというのは、容易に予想されることだろう。だから、結論だけからすれば新味はない。
その裏付けを取った仕事ぶりに賞賛は惜しまないが、読み物としては、苦労自慢が目につきすぎて、全体に冗漫であるさえ言えるだろう。

私が個人的に、この本で面白いと思ったのは、キッシンジャーの(半ば予想されていたものとは言え)身も蓋もない「陰険なリアリスト」ぶりであり、政治というのは結局のところ、悪辣な人間の強烈な個性や感情の発露が大きく影響するんだなという、ため息をつきたくなるような現実である。

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(キッシンジャーと田中角栄)

政治の現実がきれいなものだなどとは思ってもいないし、期待もしていないつもりだけれど、しかし、このように多くの汚い事実を露骨に突きつけられると、やはり、どうにもやりきれない気持ちになってしまう。
一般的に言って、どいつもこいつも「金と権力の亡者」であり「クソ野郎」である。

だから、多くのレビュアーが、誰がどうとかこうとか、政治評論家も斯くやという生き生きとした口ぶりで本書を語っているが、私は単純に、自分がこうした政治家たちに搾取されながら、ささやかな抵抗も虚しく生きて死ぬしかない、ちっぽけな「一市民」なのかと、そっちの方の感情に支配されてしまった。

そんなわけで、本書で作者に心底共感できたのは、次のような締めくくり部分の、最後の言葉であった。

『「昭和の妖怪」とも呼ばれた岸信介元首相。しかし、長女の洋子(安倍晋三首相の母)によると、家では「思いやりも深い父」で、「安保改定の大騒ぎのときでさえ、個人的な批判を口にすることはなかった」。後継の池田勇人の自民党総裁就任祝賀会の席で岸を刺し殺そうとした暴漢についても、「刑務所を出て生活できるかどうか……気遣っていた」ほどだったという。
 ただ、政治とカネの問題になるとリアリストになるようで、田中角栄について「湯気の出るようなカネに手を突っ込む。そういうのが総理になると、危険な状況をつくりかねない」と洋子に言っていた。
 岸自身は「政治は力であり、カネだ」という認識で、「カネは濾過してから使え」と発言したと伝えられる、とも書いている。
 洋子は、政治家の処世術として父は立派だと思ったのかもしれない。しかし、どうだろう。
 カネを「濾過する」というのは、もらったカネが汚いから濾過するのだ。今の言葉で言えば、マネーロンダリングになる。まさに、「巨悪」にふさわしい行為ではないか。
 洋子は、安倍晋三前首相の母であり、元首相の娘であり、佐藤栄作の姪でもあった。日本の最高権力に最も近い女性だ。倫理的な問題など深く顧慮せず、平然とそんなことを書いてしまう異常な時代に、われわれは生きている。』(P583)

『 もう夢ばかり見てないけど、

  ずっと、クソだったんだぜ
  それでも続ける気だ
  ホント、クソだったんだぜ
  何かがしたいこの気持ち

  ずっと、ウソだったんだぜ

  ホント、クソだったんだぜ  』

 (作詞:斉藤和義『ずっとウソだった』より)

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初出:2021年6月18日「Amazonレビュー」
  (2021年10月15日、管理者により削除)
再録:2021年7月10日「アレクセイの花園」
  (2021年10月15日、管理者により削除)

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